越後伝吉(20)
二十.白州に善悪明らかになること
同月二十三日、再び評定所へのお呼び出しである。大岡殿は縁の近くまで座を進められ、大目付・お目付の立ち会いである。留役衆が吟味書を改めて差し出す。大岡殿は白州を眺めわたし、
「願い人・憑司、同人妻早、相手伝吉、同人妻専、舅与惣次、村役の者・嘉兵衛、助右衛門、榊原家来・伊藤伴右衛門、同じく吟味役小野寺源兵衛、川崎金右衛門、留守居・清水十郎左衛門」と全員の名を呼ばれた。そして憑司に向かわれ、
「その方の願い出、確かなる証拠もなし。よって伝吉のしわざであるとも言い難い。にもかかわらずこのように訴えに及ぶとは粗忽の至りである。まず人命を重しとすべきところ、ただ着物が似ているから子供であると申し立てるのは軽率であろう。世間には染めや模様の同じ着物がいくらもあろう。それとも、体そのものに動かぬ証拠があると言うのか」憑司は、
「ごもっともの仰せでございます。実は、倅は幼少の頃、体に少し彫り物をいたしました。それに子供同士喧嘩をした時、鎌で切りつけられた時の怪我の跡が肩先に残っております。これが何よりの証拠」越前守殿は、
「なるほどそうか。その彫り物はどういうデザインであるか」
「腕に力という文字を大きく彫っていました」大岡殿は、
「では、梅の体についてはどうだ」
「それは私も存じません」と憑司は答えた。大岡殿は、
「ならば早に聞こう。自分の娘であればよう存じておろう。どうだ」
「はい、私にとってはただ一人の娘、どうして見違えましょう、体も着物も本人そのものでございました」
「そういう意味ではない。その方の娘の体に傷はなかったか」
「まあ、わたしの娘の体に傷などあるはずがございません」
「本当か、しかと相違ないか」大岡殿は念を押された。そして、
「喜兵衛、勘右衛門!」と呼ばれた。
「ははぁ」
「その方ら、検死の際立ち合うたであろう。その死骸に、今憑司が申した通りの彫り物、傷が確かにあったのか」二人は、
「確かに腕に『力』という字が彫ってございました」
「女の方はどうであるか。当方でも調べがついておる。偽りを申さばその方ら、入牢申しつけるがどうだ」と仰せになる。二人は震えながら、
「女の死骸には格別異常ということもございませんが、左右の二の腕に小さく『源次郎様命』と彫りつけてございました。また彫り物に灸を据えた跡もありました」大岡殿はお早に向かわれ、
「その方の娘は元そのような筋の商売をいたしたか。源次郎という男は今の夫の名でも、元夫である伝吉の名でもない。どこの誰だ。申せ」この時憑司は、脇から、
「そのようなことは存じません。が、以前、お梅の腕に彫り物があると聞いたことがあります。なあお早、そうだろ、彫り物がどうとか言ってたなあ」と目配せをして口裏を合わせようとする。越前守殿は、
「だまれ!憑司は口を出すでない。今は早に尋ねておるのだ。出過ぎたまねをするでない。さっき、早が自分で、梅の体には傷はないと供述したばかりである。その方が何かを無理に言わせても、取り上げにはならぬぞ。その源次郎と申すは細川家の家来である。新吉原の遊女空蝉と申す女を身請けし、越後にその実の親がいると聞いて、はるばる訪ねていったのじゃ。ところが同国猿島河原にて人手にかかり、その後この女の首は川下から発見された。よく聞け、これはその方らの卑劣なるたくらみの結果であろう。この時の死骸に倅・娘の着物を着せ、伝吉に罪をなすりつけんとした。この事実、もはや鏡に映すがごとく明白である。この段重々不届き。もはやおとなしく全てを自白せよ」と大声を上げられる。これに対し、憑司は全く臆したそぶりを見せず、
「これは異なことを承りまする。お奉行様には、伝吉の申し分のみを一方的にお取り上げになるとは、憚りながらご贔屓が過ぎましょう。片手落ちでございます」
「黙れ憑司。おのれは極悪の罪人でありながらお上の裁きを片手落ちとは何事か。その方の倅・昌次郎は、伝吉の留守中、不届きにも不義いたしておった。にもかかわらず伝吉はこれを知りながら何も言わず梅を離縁、その上、叔母に金子まで遣わしたと申すではないか。これら女どもを厚顔無恥にも親子で妻となし、しかもあきたらず、伝吉を罪に陥れようとするは、全く人のなりをした畜類ともいうべきである。その上、その口で奉行所の裁きを片手落ち、依怙贔屓などと申すか。実に不届きである。吟味中、憑司は入牢申しつける。双方の者、さらに追々吟味に及ぶであろう」と仰って、すぐに白州を閉じられた。
更に同月二十五日。新吉原・三浦屋並びに善右衛門を町奉行所に呼び出され、井戸源次郎もここへ出頭した。越前守殿はご出座あって、
「さて四郎左衛門。その方の抱えであった空蝉は、善右衛門から買い取ったと申したな。これ善右衛門、空蝉と申す女を四郎左衛門に売り渡したか。その女はその方の実の娘か。偽りを申すと入牢の上拷問申しつけるがどうだ」善右衛門は真っ青になった。
「へへーっ。申し上げまする。あの娘は私の実の娘ではありません。伯父の娘です。ところが両親とも早くに亡くなってしまい、五歳の時から引き取って育てました」と彼は言ったが、伯父とやらの名前、住所などを細かく訊かれて、とうとう返答に窮した。越前守殿は、
「その方はおかしなことを申すのう。伯父夫婦が亡くなってその後が分からない、その家主もはっきりと覚えていない。これがまず妙である。また、空蝉の親は越後におると聞く。今その方に会わせたい者がおる」と、井戸源次郎を呼び出された。縁側に控えた源次郎に、
「その方、四郎左衛門抱えの遊女・空蝉を身請けいたした際、この善右衛門から身柄を貰い受けたか」
「その通りでございます」越前守殿は三浦屋を呼ばれ、
「三浦屋、その方抱えの遊女空蝉を源次郎が貰い受けた時、この善右衛門が現次郎に、自分は空蝉の親であると申したのはまことか。これ源次郎、その方も先に申したことの繰り返しだが、もう一度申し立てよ」とおっしゃった。源次郎はその時の段取りを述べた。越前守殿はこれを聞き、
「善右衛門、その方が売り渡した空蝉はな、五歳の時に誘拐されて江戸へやってきたのだ。それをその方は自分の伯父の娘であると偽りを申した。この上、嘘を申せば厳しい裁きが下るであろう。よいか心してありのままを述べよ。よいな」善右衛門は、
「ははぁ。本当のことを申し上げます。私はかどわかしなどいたしたわけではございません。あの娘は、友人の松五郎というのが連れてきたのです。自分の姪だからと言って、しきりに頼みますので、やむを得ず、三浦屋さんに私の名前で売りました」越前守殿は、
「その松五郎と申す者はいずこにおるか」
「松五郎は、先に八五郎という悪いヤツがお召し捕りになりました時に、トンズラして行方知れずになりまして、どこにいるやら見当もつきません」越前守殿は、
「その八五郎は、先に八丈島に流刑となりたる泥八のことであろう。泥八の供述で行方を捜していた八五郎は行方知れずになった。その時であれば、その方は当然入牢せねばならぬところであるが、もはや相当の年月が経っている。松五郎の行方はその方が探せ。来る十日までに、捜しだして召し連れて来るのだ、分かったな。その方の身柄は家主、町内組合に預けることとする」と言い渡された。
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