【講談のあらすじ】妲妃のお百(実録・増補秋田蕗・1)
出羽の国久保田二十万五千石の殿様・佐竹右京太夫義澄は、巨船(まぁ贅沢な屋形船みたいなもの)「扇日丸」を建造し、奸臣の勧めるままに船遊びに興ずるが、この船が突然動かなくなる。不審に思う君臣一同の前に浮かび上がったのは巨大な海坊主であった。恐怖のあまり、みな手も足も出ないが、船頭として乗っていた大阪の桑名屋徳蔵という者が、進み出てこの怪物に一太刀報いたため、義澄公一行は事なきを得る。
忠臣岩本内膳は、この時臆病であったと讒言をうけて暇となってしまう。帰国した徳蔵は、ちょうど怪物を斬り殺したその日その時に、大阪で自分の妻が物の怪に憑かれて死んだと知らされ茫然とする。彼は後悔のあまり倅徳兵衛に跡を託して出家する。廻船問屋を相続した徳兵衛は、十年ほどを無事に過ごすが、妻が身重になって人手が足らなくなり、出入りしている十津川の漁師・新助の妹であるお百を雇う。お百は当時十五歳の美少女であったが、ある夜、お百が疲れた徳兵衛をマッサージしていて、徳兵衛が親・徳蔵の海坊主にまつわる因縁話をしていると、突如障子に海坊主の影が現れ、お百は恐怖のあまり失神。おびえるお百を介抱などあれこれするうち、徳兵衛とお百はとうとう一線を越えてしまう。
徳兵衛はあっという間にお百の色香に迷い、次第に妻のお初が邪魔になる。金を湯水のように使ってお百と遊び呆ける徳兵衛を、お初は諫めるが、かえってさんざんに打擲される。全身痣だらけになった彼女は遂に死を決し、海へ身投げするが、奇しくも新助に救助される。お百は新助とは血がつながっておらず、元は常陸の生まれで、佐竹家に恨みある広山丹後という者と不義の関係にあった女との間にできた子であったのを、新助の父が引き取って育てたのであった。新助はそのいきさつを徳兵衛に語り、お百に意見を加えたが、徳兵衛もお百もこの言葉には全く動かされず、新助に暴言をあびせた。
宝暦二年、佐竹義尚は参勤交代でご出府、そのおり、江戸城の控えの間で各大名がお国自慢を始めた。佐竹侯は、秋田の大きな蕗をご自慢になったが、芸州浅野の殿様に「そんなものがあるわけがない」と言われ、その場にいた殿様たちにも笑い者にされる。激怒した佐竹侯はあわや刃傷に及ぼうとする。
この話は、実録版の「増補秋田蕗」が、半端な講談本よりも面白いので、そちらを要約する。このため、細部が講談と異なっているかも知れないが、ご容赦いただきたい。
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