[う]で始まる語句・ことわざ
飢えたる鴇は食を選ばず(うえたるときはしょくをえらばず):【意味】腹の減った鴇はなんでも食べる。人間空腹時は贅沢を言わず、口に入るものはなんでもありがたく思ってがつがつ食う、ということ。(講談・勤王芸者)
上に立つ人から小言を言われるうちが人間の花(うえにたつひとからこごとをいわれるうちがにんげんのはな):【意味】諺ではない。人に意見されるということは、まだみどころがあると思われているのだから、それすらなくなったらすでに誰からも見放されたということになる。または、耳の痛いことを言う親兄弟や先輩をありがたく思えという教訓。「良薬の苦いが娑婆の花盛り」という雑俳がある。(講談・名匠源八、落語・唐茄子屋)
(蛙の鉢巻向こう見ず、)上見ぬ鷲の振る舞い(浅ましさ・心驕る)(うえみぬわしのふるまい):【意味】恐れ敬うもののない自信過剰で傲慢な姿勢をいう。講談には頻繁に出てくる。たいてい主人公が若くして武芸や学問に才能をあらわすので、それを生意気に思う人物が主人公を評してこう言ったりするのである。(講談・荒木又右衛門、宮本武蔵、木村長門守、太閤記、塚原ト伝、由井正雪、慶安太平記)
上を下へと手の舞い足の踏むところを知らず(うえをしたへとてのまいあしのふむところをしらず):【意味】歓喜のあまり我を忘れて踊り出したりして、大騒ぎすること。あるいは狼狽・逆上して右往左往する様子。(講談・寛永三馬術)(参照)→手の舞い足の踏むところを忘れて
魚心あれば水心(うおごころあればみずごころ):【意味】魚に心があれば水もそれに応ずる心がある。こっちの好意もそちらの出方次第である(こちらが好意を持てば先方も好意を抱くようになる)、ということ。(講談・梁川庄八、伊賀の水月、幡随院長兵衛、鰯屋騒動、落語・夢金、菊江仏壇、お文様)(類義)→読みと歌
憂きが中にも旅の空(うきがなかにもたびのそら):【意味】旅には辛い出来事が多いが、それを忘れさせてくれる出来事もまた多いものだ。(落語・宿屋の仇討)
浮き草や今日は向こうの岸に咲く(うきくさやきょうはむこうのきしにさく):【意味】遊女に実がないさまをいう俳句「浮草や今朝はあちらの岸に咲く」(中川乙由)による。その日その日で愛想を振りまく相手がころころ変わる。商売女というのはそもそもそういうものなのであるから、嫉妬するのは了見違いというものなのである。(講談・関東七人男、鼠小僧次郎吉)
兎討たるる時は狐悲しむ(うさぎうたるるときはきつねかなしむ):【意味】同類の者に不幸があると、「ひょっとして明日は我が身であろうか」と、悲しむこと。(講談・岩見重太郎)
うさを忘れるのは酒(うさをわすれるのはさけ):【意味】ままにならない世の中の憂さ、つらさを一時忘れさせてくれるのが酒というものの効能である。(講談・鼠小僧次郎吉)(参照)→酒は憂いを払う玉箒、酒でしのがす苦の世界
丑寅のものは鰻を食わない(うしとらのものはうなぎをくわない):【意味】丑寅生まれの人の守り神は虚空蔵菩薩だとされ、そのお使いである鰻を食べるのは禁忌であるということ。(落語・鰻の幇間)
牛にひかれて善光寺参り(うしにひかれてぜんこうじまいり):【意味】長野にいたある強欲不信心な老婆が、ある時さらした布を隣家の牛が角にひっかけて走っていったのを夢中で追いかけ、善光寺に至って、そこで信心に目覚めたという伝説による。別のきっかけ(欲得づく)でたまたま善導されること。(講談・誰が袖音吉、落語・池田の猪買い)
牛にも馬にも踏まれぬ身になる(うしにもうまにもふまれぬみになる):【意味】子供が無事に成長して一人前に育つこと。または、自立して押しも押されもせぬ人になること。(講談・笹野名槍伝、大島屋騒動、田宮坊太郎、鰯屋騒動、落語・厄払い)
(女は女づれ、)牛は牛づれ、馬は馬づれ(うしはうしづれ、うまはうまづれ):【意味】同類のものは自然に連れになる。または、人というのは自分に似合いの相手を捜すのが一番だということ。(講談・安政三組盃、寺坂吉右衛門、曾呂利新左衛門、鼠小僧次郎吉、加賀騒動、落語・おさん茂兵衛)
氏より育ち(うじよりそだち):【意味】血筋、家柄よりも、育った環境、育て方自体の方が、子供の人間形成に大きな影響を持つ、という諺。(落語・鋳掛屋)《い》
後ろ鉢巻襷十字に綾なして(うしろはちまきたすきじゅうじにあやなして):【意味】「向こう鉢巻」とも。果たし合いなど、戦いに臨む際の武士の身支度を形容する常套表現。「袴の股立ち高く取り上げ、……」などと続く。(講談・天一坊、寛永御前試合、落語・野ざらし、蚊いくさ)
後ろ弁天前不動(うしろべんてんまえふどう):【意味】「後ろ弁天」は「後ろ千両」ともいい、後ろ姿(だけ)が美しいこと。前から見ると顔はお不動さまのようでがっかり、という、主に女性の容姿をいう言葉。(講談・柳沢昇進録、落語・山崎屋)
牛を馬に乗り換える(うしをうまにのりかえる):【意味】劣っているものを捨てて、優れたものを取る(たとえば仕官先や奉公先を替える)こと。(講談・太閤記、越後伝吉、落語・立切れ)《い》
有造無造(うぞうもぞう):【意味】「有象無象」。仏教語「有相無相」からきた言葉だという。くだらない者の寄せ集め。(落語・汲立て)(参照)→雑魚ももぞうも一緒に
嘘つきは泥棒の始まり(うそつきはどろぼうのはじまり):【意味】嘘をついても平気でいるような者は、そのうち盗みを働いても良心に恥じず、平気でいるようになる。(落語・夏泥、雁捕り、うそつき弥次郎、牡丹燈籠)
嘘と坊主の頭はゆえねえ(うそとぼうずのあたまはゆえねえ):【意味】剃った坊主の頭を「結う」ことと嘘を「ゆう」ことはできないということをかけている。自分は裏表のない人間だという意味のセリフ。(講談・関東七人男)
嘘は世上の宝(うそはせじょうのたから):【意味】世の中、なにごとにつけ嘘というのはつきもので、商売にしても人間関係にしても、適度な嘘というのがあるからこそ物事は円滑に運ぶのである、ということ。(落語・高田の馬場)
嘘も(時の)方便(うそもほうべん):【意味】前項にほぼ同じ。嘘は罪悪だが、社交的な効果があるので、時と場合によっては必要である。仏教から来た教え。(講談・清水次郎長、三家三勇士、落語・錦の袈裟)
嘘らしい嘘をつけ、実らしい嘘をつくな(うそらしいうそをつけ、まことらしいうそをつくな):【意味】徳川家康の言葉だという。どうせ嘘をつくのであれば、いかにも嘘らしい嘘をつくべきであって、なまじ真実に見せかけたような小粒の嘘は(かわいげがなく、腹の底を見透かされるので)よろしくない、ということ。(落語・三枚起請)
疑いは禍の基(うたがいはわざわいのもと):【意味】猜疑心が友情や連帯を乱し、災難をもたらす原因になることが多い、ということ。(講談・木村長門守)
うだつが上がらない(うだつがあがらない):【意味】「うだつ」は、梁の上に立てる柱、「うだつを上げる」とは棟上げをすること、自分の家を建てること。(他にも語源には異説がある)貧乏から脱却し、出世して自分の家を持つ見込みがないことを「うだつが上がらない」という。(落語・御慶、淀五郎)
うたるるはかねて覚悟ぞ蕎麦の花(うたるるはかねてかくごぞそばのはな):【意味】仇持つ身は、やがてきっと仇討ちに来る者があることを覚悟しておき、尋常に立ち合うよう心がけるものである、という意味の句。(講談・寛永三馬術)
内股膏薬(うちまたこうやく):【意味】日和見をして、敵対する二勢力のあっちへついたりこっちへついたりする者のこと。(落語・巌流島)
拍つ手ははずれても(うつてははずれても):【意味】両手を打ち合わせるように確実にできることが仮にできなくても、の意。(落語・ちきり伊勢屋)(参照)→三尺の槌をもって大地を打つは外れることはあるが
高梁(うつばり)強くて家を倒す(うつばりつよくていえをたおす):【意味】「勾張り(こうばり)強くて~」とも。家が倒れないように支えた材木が強すぎ、かえって家を倒すこと。なまじ意地を張ったり助力が強かったために、かえって事態が悪くなり、大損をすること。「ひいきの引き倒し」。(講談・夕立勘五郎、大石内蔵助)(参照)→梁強くして家を倒す、忠義も過ぐれば主を害するに等し《い》
梁(うつばり)の塵もとどまるかと怪しまれ(うつばりのちりもとどまるかとあやしまれ):【意味】「梁の塵も落ちる」とは、歌声や音楽の優れている例え(「梁塵秘抄」という今様歌謡を集めた書物がある)。梁の塵が落ちるのではないかと思われるほどの美声美曲のこと。(講談・磯貝十郎左衛門)
討つ者も討たるる者も土器の砕けし後は元の土塊(うつものもうたるるものもかわらけのくだけしのちはもとのつちくれ):【意味】仇討ちの際は、刃を交えるに先立ち、まず仇同士が水杯を交わし、盃を大地に叩きつけるのが作法。人を討つ者も、討たれる方も、死んでしまえば土に還るのであるから、長く恨みを残すべきではない(そもそも狙い狙われるのも空しいことではないだろうか)、という歌。三浦荒二郎による。(講談・田宮坊太郎)(参照)→復仇は天下の法度
雨滴が石をうがつ(うてきがいしをうがつ):【意味】「涓滴(けんてき)岩をうがつ」ともいう。同じ所に落ちる雨垂れが、長い時間をかけて石に穴を開けるように、ささやかな努力でも長い間継続すれば成功につながる。何事も根気が必要である。(講談・祐天上人)(参照)→何のその岩をも徹す桑の弓
うどの大木(うどのたいぼく):【意味】体ばかり大きくて、知恵が伴わないので、役立たずである者の例え。(落語・妾馬)
自己が田へ水を引く(うぬがたへみずをひく):【意味】物事を自分のいいように理屈をつけて解釈し、人に言うこと。我田引水。(落語・宮戸川)
自惚れと瘡っ気のない奴はいない(うぬぼれとかさっけのないやつはいない):【意味】(江戸っ子に)うぬぼれと梅毒の気のない男はいない、という諺。(講談・鼠小僧次郎吉、加賀騒動、落語・文違い、紺屋高尾)(参照)→人は客、おれはまぶだと思う客
鵜の毛で突いたほどの隙もない(うのけでついたほどのすきもない):【意味】本当は「兎の毛」と書くのが正しい。ほんの少しの隙もない、ということ。(講談・山中鹿之助、宮本武蔵、赤穂四十七士伝、梶川与惣兵衛、西郷南洲他、落語・たがや)
卯の花下し(うのはなくだし):【意味】「卯の花腐し」とも。五月雨の異名。(講談・関東七人男)
鵜の真似をする烏は水に溺れる(うのまねをするからすはみずにおぼれる):【意味】自分の器量を弁えずに、人まねをすると大失敗をおかすという例え。(落語・近日息子、松竹梅、年ほめ=子ほめ)《い》
鵜の目鷹の目(うのめたかのめ):【意味】何か(他人のあらなど)を探し出そうという時の厳しい視線をいう。(講談・祐天吉松、西郷南洲、緑林五漢録、落語・居残り佐平次)
馬方船頭御乳の人(うまかたせんどうおちのひと):【意味】がさつな口の利き方をする職業の人、または人の弱味につけこむタイプ。御乳の人は乳母。子供の身柄を質にとって言いたい放題言う。違う表記・意味あり。次項参照。(落語・三十石夢の通い路)《い》
馬方船頭遠方(をち)の人、まぁ大きな声するやつに悪いやつはいない(うまかたせんどうをちのひと、まぁおおきなこえするやつにわるいやつはいない):【意味】馬方や船頭、遠くにいる人、ともかく地声の大きな人(がさつで下品な人)に悪人はいない。悪人はたいてい小声で悪事をささやくものだからだ。が、別の表記・意味もある。前項参照。(落語・三人旅)
うまき物食わす人に油断すな(うまきものくわすひとにゆだんすな):【意味】ごちそうしてくれたり、おいしい話を持ってきたりする人には必ず下心があるので油断してはならない、という諺。(落語・土橋萬歳、商売根問)(参照)→与えるは取る
馬に止動の間違いあり、狐に乾坤の誤りあり(うまにしどうのまちがいあり、きつねにけんこんのあやまりあり):【意味】馬は「しっ(止)」というと動き、「どう(動)」というと動く。また、狐は「こん」とは鳴かず「けん」と鳴くのが本当らしい。このようにとかく世間には間違ったことというのが多いのだという言い回し。(落語・馬の田楽・猫久)
馬には軽く乗れ、水には重く乗れ(うまにはかるくのれ、みずにはおもくのれ):【意味】馬術で、馬を川や海など、水の中に乗り入れる時の心得。(講談・扇の的)
馬の背を分ける夕立(うまのせをわけるゆうだち):【意味】馬の背の片側には雨が降り、もう一方には降らないように、短い時間に局地的に夕立が通り過ぎること。(落語・紫檀楼古木)
馬の耳に念仏(、牛の角に蚊)(うまのみみにねんぶつ):【意味】いくら言って聞かせても全然効果がないこと。(講談・清水次郎長、柳生三代、野狐三次、櫓銀杏、寛永三馬術、落語・唐茄子屋、廓大学)(参照)→糠に釘
海千山千(うみせんやません):【意味】海に千年、山に千年住んだ蛇は龍になる、という俗信からきた言葉。経験豊富でしたたかな者のこと。(落語・三枚起請)
海に千年山に千年、まるで山伏の持ってる法螺の貝みたいな代物(うみにせんねんやまにせんねん、まるでやまぶしのもってるほらのかいみたいなしろもの):【意味】前項に同じだが、法螺貝は長年深山幽谷に埋もれ、それが精気を得て海中に入る、そのとき山崩れが起きるという俗信がある。(落語・茶釜の喧嘩)
生みの親より育て(養い)の親(うみのおやよりそだてのおや):【意味】生んでくれた親の恩より、養育してくれた親の恩の方が重いということ。(講談・安政三組盃、笹野名槍伝、安中草三郎、落語・文違い)
梅が香を桜の花に持たせつつ柳の枝に咲かせてぞ見ん(うめがかをさくらのはなにもたせつつやなぎのえだにさかせてぞみん):【意味】中原致時の歌「梅が香を桜の花に匂はせて柳の枝にさかせてしかな」による。言葉に尽くせぬほどの美点を兼ね備えた理想的な人物、たとえば大坂夏の陣で戦死した豊臣方の名将・木村長門守重成をさしてこのようにいう。(講談・大久保彦左衛門)(参照)→桜の花を柳の枝に咲かせて、梅の匂いを持たせたよう
恨みに報ゆるに徳を以てする(うらみにむくゆるにとくをもってする):【意味】たとえ怨恨のある人に対しても、恩徳をもって応じる懐の深い人柄をいう。「直を以て怨みに報い……」というくだりが「論語」にある。(講談・水戸黄門、笹川繁蔵)
売られた喧嘩は買わずにもいられねぇ(うられたけんかはかわずにもいられねぇ):【意味】男というものは、売られた喧嘩は買わなければならない。弱味を見せ、相手になめられたらおしまいである。(講談・関東七人男)
瓜売りが瓜売りに来て売り残り売り売り帰る瓜売りの声(うりうりがうりうりにきてうりのこりうりうりかえるうりうりのこえ):【意味】同じ音を繰り返す(この場合頭韻:アリテレーションという)テクニックを用いた狂歌の代表例。早口言葉のようでもある。「山王の桜に猿が三下がり相の手と手と手手と手と手と」も類似趣向の歌。→「月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」も同じ。(落語・雪てん)
売り言葉に買い言葉(うりことばにかいことば):【意味】元々、物を売り買いするときの、高く売ろうとする言葉と、安く買おうとする言葉の応酬をいう。相手が暴言を吐いたので、こちらも同様な調子でやり返すこと。(講談・二度目の清書、加賀騒動、安中草三郎、落語・しめこみ、厩火事、算段の平兵衛、庖丁、大工調べ)
売家(据)を唐様で書く三代目(うりすえをからようでかくさんだいめ):【意味】商家などで、初代が頑張って築き上げた財産を三代目が相続する時分には道楽のせいで蕩尽することになるが、その時「売り家」と書いて貼った札も中国風の小洒落た書きっぷりで、道楽の程が偲ばれる、という皮肉な川柳。「売据え」は建物を造作つきで売ること。(落語・短命、成田小僧他)
瓜の蔓に茄子はならぬ(うりのつるになすびはならぬ):【意味】親子は似たものであるということ。(講談・宮本武蔵、祐天吉松)(反対)→子は生んでも心は生みつけぬ、(同義)蛙の子は蛙、(反対)鳶が鷹を生む《い》
売物買物(うりものかいもの):【意味】金銭で売買できるもの、金さえ積めば買えるもののこと。たとえば遊女。(講談・関東七人男、落語・紺屋高尾)
売り物には花を飾れ(うりものにははなをかざれ):【意味】商品は人目を惹くようによく飾り立てた方がいい、ということ。(講談・小野寺十内、水戸黄門)
瓜を二つに割らでそのまま(うりをふたつにわらでそのまま):【意味】「瓜二つ」(そっくりであること)を強調した表現。(講談・三家三勇士、落語・お茶汲み、三十石)
売る人もまだ味知らぬ初茄子(うるひともまだあじしらぬはつなすび):【意味】其角の句。初ものの茄子を売る人も、自分はまだ食べておらず、その味を知らぬままであること。(落語・牛ほめ)(参照)→都では未だ味知らぬ初茄子
噂をすれば影(うわさをすればかげ):【意味】人の噂をしていると、その当人がそこへ現れる。「~がさす」。(講談・三家三勇士、伊賀の水月、野狐三次、赤穂四十七士伝、西郷南洲、薮原検校、落語・たらちね、子別れ、佛馬、唖の釣、一文惜しみ、滑稽義士、捻兵衛=樟脳玉、墓見=天神山、乾草車)
うんつく(うんつく):【意味】馬鹿、あほう、または気の利かない者。(落語・長者番付)
雲泥万里(うんでいばんり):【意味】比べものにならないくらいの大差。月とすっぽん。(落語・やかん、喜撰小僧)
運は寝て待て(うんはねてまて):【意味】あくせくせずに、じっくり待っていれば運が自然に向いてくるものだ、という諺。(落語・三味線栗毛)(同義)→果報は寝て待て、待てば海路の日和あり
運否天賦は賽の目任せ(うんぷてんぷはさいのめまかせ):【意味】しょせん博打打ちというのは、運不運は全てさいころの目ひとつにかかっている稼業である、ということ。勝つときもあれば負けるときもある。だからしみったれた勝負をしてはいけない。(講談・笹川繁蔵)
編:松井高志2004-
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