2005/04/29

[お]で始まる語句・ことわざ

お医者さまでも草津の湯でもおいしゃさまでもくさつのゆでも):【意味】「草津節」より。医者でも草津温泉の効能をもってしても、恋の病は治せない。つける薬がない、ということ。「惚れた病は治りゃせぬ」と続く。(講談・小野寺十内、落語・薬違い:「兄哥何をかくそう俺の病気は、お医者様でも草津の湯でもというんだ」、阪東お彦=派手彦、胆潰し)

老ては幼きに帰るおいてはおさなきにかえる):【意味】人は年をとると次第に幼児のようなふるまいをするようになる、ということ。(講談・越後伝吉:「声を揚げてワーツと泣出した。老ては幼きに帰ると云つて、早く云へば耄碌をしたので」)

老いては子に従えおいてはこにしたがえ):【意味】年をとったら何事も子供に任せておけ、ということ。かつては「家にあっては父に、嫁しては夫に、老いては子に」従うのが婦人の道、いわゆる「三従」であるといわれたのであるが、この言葉は男に対しても使われる。(講談・鼠小僧次郎吉:「はあお暇いたしましょう、老いては子に従えだ、もうろくしちゃあとても若い者には敵わねえ」、勤王芸者、赤穂義士本伝、越後伝吉、落語・桃太郎)(参照)→幼にして父母に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従え《い》

花魁は足袋屋にばかり借りはなしおいらんはたびやにばかりかりはなし):【意味】昔の花魁は絶対に足袋屋に借金はしない。彼女たちは足袋を決して履かなかったからである。(落語・高尾:「又川柳に、花魁は足袋屋にばかり借りはなし、などといふ悪口がございますが、昔の花魁は何様な寒中でも足袋といふものを穿きません」)

(山の繁れるを見ては)桜花咲き誇りたるを見ては春を知り、妻恋う鹿の鳴く音を聞いて秋を知り、春風秋雨夢の間に巡りて早○年おうかさきほこりたるをみてははるをしり、つまこうしかのなくねをきいてあきをしり、しゅんぷうしゅううゆめのまにめぐりてはや  ねん):【意味】講談で、長い年月があっという間に経過したことを述べるためのきまり文句。「光陰矢のごとく、月日に関守なく」というよりは多少もっともらしく年月が流れたような印象を聴衆に与える。三年経つ場合も七年経つ場合も十五年経つ場合もある。(講談・徂徠豆腐、柳生二蓋笠:「山の繁れるを見ては春を知り、妻恋う鹿の鳴く音を聞いて秋を知る。春風秋雨光陰は矢の如くに流れまして夢の間に早七年。『よく教えたがよく覚えてくれた。もはや其の方に教える技を持たぬ』」)

黄金多からざれば交わり薄しおうごんおおからざればまじわりうすし):【意味】多くの人を結びつけてある計画を実行しようとしたり、商売を興そうとしたりすれば、まず先立つ資金がなければ人を惹きつけられない、話にならないということ。(講談・由井正雪:「何事にしても金が無ければ出來ない。黄金多からざれば交わり薄し、現代でも其通りでありますが」)

負うた子に教わって浅瀬を渡るおうたこにおそわってあさせをわたる):【意味】「三つ児に教わって浅瀬を渡る」と同義。知恵の優れた者が、劣った者から教えられることもある、ということ。(講談・梁川庄八、肉付の面、寺坂吉右衛門、野狐三次:「うん、そうだったけな、おつね、負うた子に浅瀬を教わるてえ譬があるが、年歯もいかねえ小倅に、一朱が米の代で一朱が阿母の薬の代だと、二ツに分けて話されて、何で俺がこの金を持って行かれるもんか」、落語・池田の牛ほめ)(同義)→三つ児に教わって浅瀬を渡る《い》

負うた子よりは抱いた子おうたこよりはだいたこ):【意味】背中におぶった子より前に抱いた子の方をあやす=疎遠な者より身近な者を大事にするのが人情だということ。(講談・本所五人男:「イエ決して成りません人を思ふは身を思ふ負つた子よりハ抱た子、背に腹は換えられんといふ諺ざもあるに依つてお氣の毒ながらにお斷はり申す」)

合うたり叶うたりおうたりかのうたり):【意味】→「願ったり叶ったり」を参照のこと。(講談・薮原検校、落語・立切れ:「よろしゅうござります。合うたり、叶うたり……乞食にして進ぜましょう」)

逢魔が時おうまがとき):【意味】夕方の薄暗いとき。たそがれ。暮六つごろ。何かと災いが起こる時間帯であると言われる。(講談・梁川庄八:「其時はもう逢魔ケ時、彼の若者は大地に兩手を突きまして」、妲妃のお百)

近江殿御に伊勢子正直おうみとのごにいせこしょうじき):【意味】次項をフォローするために作られたパロディ表現。男は近江、伊勢者は正直、ということ。次項を了解していないと意味が分からない。(講談・笹野名槍伝:「『何だか知らねえが、近江殿御に伊勢子正直といひますね』『貴下、何も能う知つてやはりまんな、其通りだす』」)

近江泥棒伊勢乞食おうみどろぼういせこじき):【意味】上方者を「贅六」と呼ぶのと同様、江戸っ子が地方人を不当に蔑視して言う表現。近江・伊勢の商人は江戸で節約を旨として財産をなし、のし上がることが多かったため、それをやっかんでこのように罵倒したのである。近江・伊勢の者は油断できないということ。(講談・後藤半四郎:「近江泥坊伊勢乞食といふ事あれば江州の者に油斷はならず連は嫌ひなりと申せしかど」)

お浦山吹おうらやまぶき):【意味】「おうらやましい」。「うらやま」を「浦山」としゃれ、そこへ「山吹」を語呂合わせしている。(講談・鼠小僧次郎吉:「お浦山吹お庭の桜、ああ結構なことでございますねえ」)

大雨にたらい家中這いまわりおおあめにたらいいえじゅうはいまわり):【意味】雨漏りのする長屋住まい、大雨の日は盥が家中をいそがしく移動するのである(ドリフのコントにこういうのがあった)。(落語・野ざらし:「ほほぅ、『大雨に、たらい家中這い廻り』なんてんで?」、干物箱:ただし語順異なる)

大あり名古屋は金の鯱おおありなごやはきんのしゃち):【意味】「尾張」の洒落。「もちろんである」の強調表現。(落語・居残り佐平次:「おほあり名古屋は金の鯱だね。此所に居る四人とも皆んな出掛けるよ」)

大男総身に知恵が廻り兼ねおおおとこそうみにちえがまわりかね):【意味】体ばかり大きく、愚鈍な男を嘲弄する表現。こうした見かけ倒しの豪傑が講談にはよく出てくる。(講談・吉田忠左衛門、宮本武蔵、天保六花撰、岩見重太郎:「イヤあれは生れつきだよ。大男総身に智恵がまわりかねっていうじゃあねえか」、寛永御前試合、慶安太平記、西郷南洲、落語・素人相撲、野崎詣り)

大きな時計に小さい時計、どっちも時間が同じだおおきなとけいにちいさいとけい、どっちもじかんがおんなじだ):【意味】当たり前のことをさも意味ありげに大き歌う、無意味な都々逸。(落語・湯屋番:「『唄った文句がよかったね。“大きな時計に小さい時計、どっちも時間が同じだ”』『つまらねえ都々逸ですね』」)(類義)→雨の降る日は天気が悪い、親父俺より年が上姉と妹に年問うてみたら姉は姉だけ年が上

大食大酒は芸の中おおぐいおおざけはげいのうち):【意味】大飯喰らい、大酒飲みも並はずれれば一種の芸である、ということ。(落語・備前徳利:「併し大食大酒は芸の中とか申しまして、大酒家と云うものも却々大きいものでございます」)

大阪さかいに京どすえ、兵庫神戸のなんぞやぞい、長崎ばってん、江戸べらぼうおおさかさかいにきょうどすえ、ひょうごこうべのなんぞやぞい、ながさきばってん、えどべらぼう):【意味】日本各地の代表的な方言を並べた俚諺。(落語・テレスコ:「大阪さかいに京どすえ、兵庫神戸のなんぞやぞい、長崎ばってん、江戸べらぼう……てなことを昔、いいました」)

大寒小寒、山から小僧が泣いてくるおおさむこさむ、やまからこぞうがないてくる):【意味】ひどく寒いとき「おお、寒い」という言葉を「大寒」と言い換え、「小寒」をつけてわらべうたの歌詞にしたもの。元は「~猿のべべ借りて着しょ」といった。元は上方の唄。(落語・夢金、胴取り:「大寒小寒、山から小僧が泣いてくる “大寒小寒”ときやったァ、こン畜生め……“山から小僧が泣いてくる”ッてやがる……ふふン」)

大承知の入道前の関白太政大臣おおしょうちのにゅうどうさきのかんぱくだじょうだいじん):【意味】「法性寺の入道前の関白太政大臣」(偉い人物の長い肩書きの典型例。「百人一首」の中の最長人名に因む)藤原忠通の名にかけて、「すっかり承知した」と言う時に使う洒落。「どうしょう寺の入道~」という洒落もある(落語・清正公酒屋)。(講談・寺坂吉右衛門:「承知しました、大承知の入道、さきの関白太政大臣、心得ました」)

おおたばなおおたばな):【意味】「大束な」。大まかな、大ざっぱな、ということ。「大束の薪」(錦の袈裟)などともいい、「大言壮語」の意も。(講談・赤穂四十七士伝、落・あくび指南:「なにをゥこの野郎、おおたばなことォ言やァがったな」、夢金、胴取り、ふだんの袴、梅若礼三郎他)

大鳥より小鳥おおとりよりことり):【意味】正しくは「大取りより小取り」(「明智三羽烏」の例)。一発大もうけを狙うより着実に少しずつ儲けた方が賢い、ということ。(講談・明智三羽烏、落語・お直し:「大鳥より小鳥だ。お前の腕前で稼いで呉れりやア却々小さくねえんだよ」)

大根を洗ふおおねをあらう):【意味】「元はといえば」「根本原因を追及すれば」の意。(落語・子別れ:「大根を洗やア嬶の扱えが悪いからだい」)

大船に乗った気でおおぶねにのったきで):【意味】(参照)→親船に乗った気でを見よ。(落語・氏子中:「どうかお願い申しますったら心配(しんぺえ)するには及ばねえ、大船にのった気いろってェから」)

大間違いの鬼子母神おおまちがいのきしもじん):【意味】洒落言葉。「恐れ入谷」ではなく、「大間違い」に「鬼子母神」をかけることもある。(講談・旗本五人男)

大晦日の晩に寝るやつは馬鹿おおみそかのばんにねるやつはばか):【意味】明治時代まであった諺。特に関東では、除夜には亡くなった人が来るという信仰から、物忌み・御霊まつりをする習慣があった。日暮れとともに歳の神が来るので、家内みな身を慎むのであるともいう。一夜飾りを避けたり、眠るという言葉を使わず、夜更かしをするのである。大晦日に早く寝ると白髪や皺が増えるという俗信もあった。(落語・御慶:「そうはいかねえや、大晦日に寝るなア莫迦だい」)

大家(家主)と言えば親も同然、店子と言えば子も同然おおやといえばいやもどうぜん、たなこといえばこもどうぜん):【意味】家主(貸家の持ち主)と、店子(借家人)の関係は親子同様である、という意味(だから大家は肉親同様に店子の面倒を見るのが当然である、という意味)の諺。(講談・鰯屋騒動、薮原検校、小間物屋四郎兵衛、落語・寝床、小言幸兵衛:「ナニ冗談をいいませんよ。大家といえば親も同然、店子といえば子も同様だから聞くんだ」、団子兵衛、らくだ、二十四孝、樟脳玉、ふだんの袴、天狗裁き、小間物屋政談、一文惜しみ、お化長屋他多数)(類義)→名主と言えば親も同然、小前と言えば子も同然

おかざりの数をくぐるおかざりのかずをくぐる):【意味】人として長いキャリアを経ること。年功を積むこと。それによってしたたかな人物になること。(講談・清水次郎長:「文蔵はくだらねえ老父(おやじ)だが、おかざりの数をくぐっているお蔭にゃァ、落ちつく先は知れていらァ、思い当ることもあるだろう」、汐留の蜆売り、赤穂四十七士伝、寺井玄渓)(同義)→橙の下をくぐる(類義)→鳥居数が少ない

岡惚れも三年すれば色のうちおかぼれもさんねんすればいろのうち):【意味】大して知り合いでもない人や、他人の恋人に脇から勝手に惚れることを岡惚れ(仮惚れ)というが、そんな恋でも三年続くようであればいっぱしの恋愛関係なんだという(惚れた側の自分勝手な)諺。(講談・鼠小僧次郎吉、落語・つるつる:「俺ァ四年半、岡惚れしてんだなァ。『岡惚れも三年すれば情夫のうち』ってことが……一年半超過してるン」、心眼)

岡目八目助言は無用おかめはちもくじょごんはむよう):【意味】囲碁で、対局している人より、むしろはたから見ている人の方が局面をよく見通すものだ。しかしながら、はたからしゃしゃり出て指図するようなことは無用である、ということ。(講談・明智三羽烏、落語・碁どろ:「見て居るのはいいがね、助言はいけませんよッ。岡目八目助言は無用ッと、いきますかな」)

起きて半畳、寝て一畳(、天下取っても二合半)(おきてはんじょう、ねていちじょう):【意味】織田信長が言ったと噂される言葉。どんな豪邸に住んでいても、座るのに半畳、寝るのに一畳あれば足りる(天下を取っても一日に食べる米は二合半である)。富貴を望んでもつまらない、ということ。(講談・水戸黄門、柳生三代、落語・江島屋騒動:「『起きて半畳、寝て一畳、天下取っても二合半』と言ったってますからな。だから人間というものは、出来ることしか出来ない。」)

起きて見つ寝て見つ蚊帳の広さかなおきてみつねてみつかやのひろさかな):【意味】加賀千代女(一七○三~一七七五)が夫の死を悲しんで作った俳句だと伝えられるが、実は別人(遊女浮橋?)の作品。「広ければ入ってやろうかお千代さん」という雑俳がある。(落語・雪てん)

沖の暗いのに白帆が見えるおきのくらいのにしらほがみえる):【意味】紀伊国屋文左衛門が蜜柑船で富を築いたのち、吉原仲の町の叶屋という引手茶屋で芸者幇間をあげて遊んだ際、幇間が芸者に命じて歌わせた俗謡(かっぽれ)の文句。(落語・短命:「口ン中でなにか、『沖の暗いのに白帆が見える』でもなんでもいいんだよ。そんなことを口ン中で言ってりゃァ、そいでお悔みらしくなるから」、芝浜、播州巡り)

奥歯に物のはさまったようなおくばにもののはさまったような):【意味】ストレートに腹の内を出さず、何となくいわくありげではっきりしない相手の物の言い方。(落語・算段の平兵衛:「どうもこいつ、奥歯に物のはさまったような言い方をする」)

奥山にもみじ踏み分け鳴く蛍しかとは見えぬ杣のともし火おくやまにもみじふみわけなくほたるしかとはみえぬそまのともしび):【意味】太閤秀吉が下手な連歌に凝って細川幽斎やお伽衆の曾呂利新左衛門を困らせるのだが、「奥山に紅葉踏み分け鳴く蛍」と作ってしまい、蛍が鳴くわけがないので収拾がつかなくなった。幽斎は「武蔵野の篠を束ねて降る雨に蛍よりほか鳴く虫もなし」という古歌がある、と嘘をついてその場をごまかす。下の句をつけるように迫る太閤に、幽斎が示したのがこれであった。(講談・曾呂利新左衛門:「公の書かれたる『奥山にもみじ踏み分け鳴く螢』の脇へ筆の跡さえ美しく、『しかとは見えぬ杣のともし火』の一句」)(参照)→武蔵野の篠を束ねて降る雨に蛍よりほか鳴く虫もなし

怠らず行かば千里の果ても見ん牛の歩みのよし遅くともおこたらずゆかばせんりのはてもみんうしのあゆみのよしおそくとも):【意味】「~千里の末も見ん」とも。たとえスローペースであっても、毎日地道に努力を積み重ねていけば、きっと遠大な目標に到達することができる、ということをダイレクトに歌った教訓歌。(講談・田宮坊太郎:「品川を後になし『怠らず行かば千里の果も見ん牛の歩みのよし遅くとも』東海道五十三次お話もなく大阪へ着いたし、川口より金毘羅船に乗り込んだ」、落語・浜野矩随)

奢る平家久しからずおごるへいけひさしからず):【意味】「平家物語」より。栄華を極めた平氏も余りに思い上がったために滅亡した。奢りを戒める諺。(講談・水戸西山公:「物ごと總躰、奢れば極めのないもの、奢る平家久しからず、一國の身代でも、町人の身代でも同じこと」)

おこわに掛けるおこわにかける):【意味】ぺてん、詐欺にかけること。または美人局に引っかけること。(講談・新吉原百人斬り:「今日で丁度十日跡だ佐野の大盡をおこわに掛て榮之丞の手を切たと三百兩といふ大金取ときやアがつて」、落語・居残り佐平次)

お先煙草をするおさきたばこをする):【意味】客として招かれた先で接待に出された煙草を吸うこと。自前の煙草を吸わないこと。(落語・湯屋番:「オイオイ行くんなら莨の箱を持って行きねえ、お先莨をしなさんな。余り又ペラペラ饒舌んなさんなよ」)

お酒飲むのも芸のうちおさけのむのもげいのうち):【意味】見ているだけであきれるような豪快な酒の飲みっぷりというのも、人の一芸のうちに入るものである。(落語・高田の馬場:「もうじき体を一回りしますな徳利が、見事なもんですな。『お酒飲むのも芸のうち』という言葉がございますが、よほど召し上りますな」)

お酒飲む人花なら蕾、今日もさけさけ、明日もさけおさけのむひとはなならつぼみ、きょうもさけさけ、あすもさけ):【意味】「咲け」と「酒」をかけた都々逸。(落語・試し酒:「ふるい歌にはええ文句があるネ。お酒のむ人花ならつぼみ、きょうもさけさけ、エヘッ、あすもさけ、なんて、うめえことをいうたネ」、棒鱈他)

惜しい花ほど散りたがるおしいはなほどちりたがる):【意味】美人や才子のような惜しまれる人ほど、生き急いで早く亡くなってしまうのが世の中というものだ。生きていてほしい者が死に、どうでもいいような者が生き残る。(講談・清水次郎長:「選りに選って仁吉がたおれるとは……惜しい花ほど散りたがるな」)(参照)→美人薄命

教えざるは親の罪、覚えざるは子の罪おしえざるはおやのつみ、おぼえざるはこのつみ):【意味】子に教育を施さないのは親の落ち度であるが、せっかく親から教育の機会を与えられながら学ばないのは、子供が悪いのである、という諺。(講談・梁川庄八:「全體貴様達が心得違ひだぞ。教えざるは親の罪、覺えざるは子の罪だ。幾ら可愛いからと云うて、貴様達のは犬可愛がりだ」)

教育なき者は禽獣に近しおしえなきものはきんじゅうにちかし):【意味】しかるべき教育を受けていない者は人間というよりもより動物に近いのだ、だから子供には学ぶ機会を与えろ、子供は大いに学ぶべきだ、という戒め。(講談・誰が袖音吉:「汝にはまだ少しの教育もないが、教育なき者は禽獣に近しだ、これから毎日私の宅へ來い」)(参照)→文字知らざれば理に疎し

教えぬことはかえって覚えやすしおしえぬことはかえっておぼえやすし):【意味】目上の者がためにならないから教えようとしないような、ろくでもないことに限って、若い者は知りたがるものである、という諺。(講談・大岡政談安間小金次:「然るに女の譬の如く教へぬ事は却つて覺え易しと此度彼の惡僧が火炮りの刑ありしより近邊の子供等自然と之を見覺え」)

押借強談強奪、夜盗かっさき家尻切りおしがりゆすりぶったくり、やとうかっさきやじりきり):【意味】強請から強盗に至るまで、盗人としての一通りの悪事。(落語・猫と鼠:「勘当されゝば乃公は一本立ちぢや。押借強談強奪、夜盗かつさき家尻切り、遣らないのは損だ」)

鴛鴦の番いの楽しみおし(どり)のつがいのたのしみ):【意味】夫婦仲の良い(いつも一緒にいて飽きない)様子。たとえばアツアツの新婚所帯。吉良の仁吉・おきくの夫婦仲もそうだったのだが……。(講談・清水次郎長:「すいた同志で夫婦になり、鴛鴦の番いのたのしみもまだ夢の間のただ三月、あきも飽かれもせぬ仲が、おれのために別れるというのを、知らん顔で見ていられるものじゃァない」)

惜しまれる人は早く死ぬおしまれるひとははやくしぬ):【意味】人に慕われ、必要とされる人に限って早世し、残るのはどうでもいいような者ばかりだという嘆き。(落語・真景累ヶ淵:「善い人で、惜まれる人は早く死ぬと云ふが」)

おじゃれおじゃれ):「こっちへ(泊まって)おいで」と呼びかける言葉に由来。宿場の宿屋の下女のこと。(講談・重の井子別れ:「店先に立つて客を呼ぶ三人のおじやれ、小萬、小よし、小女郎は、もう聲も嗄れ、身も疲れて」)

教ゆる者は針の如く、教わる者は糸の如しおしゆるものははりのごとく、おそわるものはいとのごとし):【意味】物を教える人と教わる人(師弟)の関係を裁縫の糸と針に例えたもの。良い教師の迷わず導くまま、素直に教え子は育つ。または技芸の上でそのような師弟関係であれば弟子は必ず上達する、ということ。(講談・伊賀の水月:「教ゆる者は針の如く教わる者は糸の如しとか、又十郎足かけ七ヵ年のうちに、真影流合気の術までに至りました」)

お女郎買いの糠味噌汁おじょうろかいのぬかみそしる):【意味】女郎買いでは金を遣う一方、日常の生活はどケチであるという人(男にはよくあるタイプ)を皮肉る言い回し。(落語・おせつ徳三郎・上:「『このうち三銭ばかりまかりませんか』とお女郎買いの糠味噌汁で、みなさまふさいでしまいますが」)

遅いようで早いのは流言おそいようではやいのはりゅうげん):【意味】人の口から口へデマが伝わるのは、時間がかかるように思えるが、あっという間であるということ。(講談・荒木又右衛門:「殊に遅いやうで早いのは流言、彼方此方へ行つて噂をして歩く」)

畏れ入谷の鬼子母神おそれいりやのきしもじん):【意味】「おそれいった」と入谷をかけた洒落言葉。(落語・ぢぐち:「最早分りました。『畏れ入谷の鬼子母神』」=地口合せ他)

恐れ入り山形に二ツ星おそれいりやまがたにふたつぼし):【意味】「恐れ入った」の洒落言葉。「入り山形に二ツ星」は「吉原細見」にある最高ランクの花魁をいう。(落語・山崎屋:「古い洒落に、恐れ入り山形に二ツ星などといふのがございますが」)

怖ろしき鬼の姿を尋ぬれば邪慳な人の胸に住むなりおそろしきおにのすがたをたずぬればじゃけんなひとのむねにすむなり):【意味】地獄の怖ろしい鬼というのも、煎じ詰めると、実は現在生きている我々の時に冷酷な心理そのもののことに他ならぬ、という道歌。(落語・木火土金水:「鬼といふものは、世の中にあるとはいふものゝ、実際あるわけのものではない。怖ろしき鬼の姿を尋ぬれば邪慳な人の胸に住むなり」)

織田がこね羽柴がつきし天下餅座りしままに食うは家康おだがこねはしばがつきしてんかもちすわりしままにくうはいえやす):【意味】天下統一の事業を信長・秀吉に完成させておき、それに従いつつ、最終的にその天下をさらった徳川家康の「狸爺」っぷりを揶揄する狂歌。(講談・村越茂助:「歌の方にもありますね、織田がこね羽柴がつきし天下餅座りしままに食うは家康。しかし家康の方にだって天下を取るためにはそれ相応のえらい苦心苦労があったわけでございます」、木村長門守の堪忍袋)

煽動(おだて)ともっこには乗りたくないおだてともっこにはのりたくない):【意味】かつて「もっこ」に死刑囚を乗せて刑場に運搬したことから、決しておだてに乗せられて行動してはならないという戒めをいう諺。また、「おだて」とは長持のような運搬道具で、「おだて」にしても「もっこ」にしても、乗せられたらまず助からない罪人であるので、こういうという説もある(「圓生古典落語」の「汲みたて」より)。(講談・笹野名槍伝:「煽動と畚にや乗りたくないなどといふのは、さういふ所から出た文句で、成程此の畚には乗りたくないかも知れませぬ」)

おたまりこぼしがあるものかおたまりこぼしがあるものか):【意味】「そんなことがあってたまるか」に「おきあがりこぼし」をもじった表現。(講談・安中草三郎、薮原検校、盲目吉兵衛、落語・庖丁:「冗談いっちゃいけないよ。そんな事をされておたまりこぼしがあるかい」、万金丹、胴取り)

おためごかしの言い手はあれど、まこと実意の人はないおためごかしのいいてはあれど、まことじついのひとはない):【意味】見かけは「あんたのためを思えばこそ」などと言いながら、腹の中では自分の利益を考えるだけの相手はいくらもいるが、本当に親身になってくれる人はめったにいないものだ、という諺。(講談・清水次郎長:「お爲めごかしの言ひ手はあれど、誠實意の人は少ない、口に旨え事を言やァがつても、金と名が附きやア傍を向いてしまふ世の中に」、朝顔日記、落語・湯屋番)

小田原評議箱根相談おだわらひょうぎはこねそうだん):【意味】天正18年、豊臣秀吉に包囲された北条氏直が長い軍議を行ったが結論を出せず、滅んだという故事にちなみ、長々と無意味な相談をすること。(講談・本所五人男:「五人七人相會して種々なる論を立てると雖も世に云ふ小田原評議箱根相談で更らに纏らず」、天保六花撰)

落付く先は九州相良おちつくさきはきゅうしゅうさがら):【意味】浄瑠璃「伊賀越道中双六・沼津」にある有名な文句。(落語・居残り佐平次:「さうとも、落着く先は九州相良だ、何をして行つたつて同じ事つたからなア」)

落ちぶ(零落)れて袖に涙のかかる時人の心の奥ぞ知らるるおちぶれてそでになみだのかかるときひとのこころのおくぞしらるる):【意味】作者不詳。今までまっとうな暮らしだったのが零落して、涙が袖にこぼれるような時にこそ、今まで調子よくつきあってきた人たちの本当の心が分かってくるものである、という意味の教訓和歌。(講談・清水次郎長、正直車夫:「落ちぶれて、落ちぶれて、袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるる。もと巡査をつとめた稲垣が『正吉君、有難う』」、勤王芸者、越後伝吉、大高源五、本所五人男、落語・鼠穴)

おっこちおっこち):【意味】「すっかり参ってしまう」「惚れる」「はまる」ことをいう。江戸から明治にかけて流行った表現。(落語・樟脳玉:「『金ちゃんどちらへ』『浅草へ』『オッコチだねェ』」)

押取刀おっとりがたな):【意味】突発事態に、慌てて腰へ刀を差す間もなく、がっと掴むこと。とるものもとりあえず。(講談・祐天吉松:「と、いつてる處へ三人の侍、押取刀でバラバラとそれへ飛び出して來て」)

おつもりおつもり):【意味】納盃のこと。「この一杯でもうおしまい」という盃のことをいう。(落語・一人酒盛:「あァ、飲んじゃったのか、なんだィ、それじゃァおつもりだろうこの酒ァ」)

男が喧嘩をするなら、仲直りをするような喧嘩を決してするなおとこがけんかをするなら、なかなおりをするようなけんかをけっしてするな):【意味】博徒・国定忠治が子分に残した教訓。男が喧嘩をするなら、相手の命を取るくらいの気持ちでなければならず、後で酒を飲んで仲直り(手打ち)できるような喧嘩ならするべきでない。本気で戦う気がないなら、少々のことは笑ってすませることだ、という意味。(講談・国定忠治:「國定忠次は日頃子分に云つて聞かせて『男が喧嘩をする位いなら、仲直りをする様な喧嘩は決してするな、遣るからには當の相手を殺してしまへ』」)

男が好うて金持で夫で女が惚れるなら仙台高尾を切りはせぬおとこがようてかねもちでそれでおんながほれるならせんだいたかおをきりはせぬ):【意味】いい男で金持ちであるというだけで女がなびくようなら苦労はない、間夫があるため仙台侯の意に従わず手討ちになった高尾太夫の例もある、という意味の歌。(講談・玉菊燈籠:「男が好うて金持で夫で女が惚れるなら仙臺高尾を切りはせぬといふ歌にもあります通り夜毎に替る枕の數浮川竹の勤めの身」)

男心と秋の空おとこごころとあきのそら):【意味】男の女に対する気持ちというのは、秋空のように移り変わりやすいものだから女は安易に気を許してはならない、という諺。(講談・西郷南洲、落語・お見立て、バスガール:「男心と秋の空、かわりやすいとききました、いいわけすればするほどに、あやしく思うわたくしを、ふびんとお察しねがいまァす」、紺屋高尾、牡丹燈籠)(参照)→変わりやすきは男子の常

男というものは三言しゃべれば氏素性が現れるおとこというものはみことしゃべればうじすじょうがあらわれる):【意味】男の多弁を戒めた言い回し。しゃべればしゃべるほど、地金(卑しい本性)が露わになってしまう。(落語・米揚げ笊:「男というものはそうベラベラしゃべるものやない。三言しゃべれば氏素性が現われる」)(参照)→言葉多きは品少なし

男に寝顔を見せたる女は去るおとこにねがおをみせたるおんなはさる):【意味】妻というのは亭主より早く起き、遅く眠らねばならないので、夫に寝顔を見せるような女は離縁されるべきである、ということがかつて言われていた。また、女の寝顔や寝姿は見苦しいからこう言うのだ、という考え方もできる(女の寝乱れ姿に幻滅し、「こんな女に迷った俺が馬鹿だった」と主人公が我に帰るという場面が講談には出てくる)。(講談・伊賀の水月:「アアー寝相の悪さ……聖人の言葉にも男に寝顔見せたる女は去るとあるが」)(参照)→亭主に寝顔見せるのは女の恥

男の子は男につくのが習い(天下の定法)(おとこのこはおとこにつくのがならい):【意味】夫婦別れをした場合、男の子は男親の元に、女の子は母親の元に引き取られて行くのが世の中の常識というものであった。(講談・菅谷半之丞、幡随院長兵衛、天野屋利兵衛、落語・子別れ:「サア暇を下さい、男の子は男に附くというけれども然んな人の手に掛けるなァ厭だから、子供だけは私が貰います」、真景累ヶ淵)

男は敷居をまたげば七人の敵があるおとこはしきいをまたげばしちにんのてき:かたき:がある):【意味】男が世の中で活躍しようと思えば、必ずたくさんの敵を作らなければならない。(落語・転宅:「それでなくともね、男というものは“敷居をまたぎゃ七人の敵がある”譬があるじゃないか」、厩火事、星野屋、子別れ、縮み上り、寄合酒、真田小僧、酢豆腐)

男は度胸おとこはどきょう)(、女は愛嬌、坊さんお経、おサルにラッキョウ):【意味】男には度胸が、女には愛嬌がなによりも大事である、という諺。(落語・らくだ:「とにかく相手が相手だけども、まァいいや、男は度胸だと思ってねェ、『ようがす』てんで私が五百文出したン」、歳暮まわし)

男やもめに蛆がわくおとこやもめにうじがわく):【意味】(妻と別れて)独身でいる男は無精で汚いということ。「女やもめに花が咲く」とセットで対照的に使われる言葉。(講談・寛永三馬術、落語・たらちね:「これを言うんだな、“男やもめに蛆がわく”ッてえのは」、ちきり伊勢屋、子別れ、薬違い、不動坊)(反対)→女やもめに花が咲く

おどろき桃の木山椒の木おどろきもものきさんしょうのき):【意味】「びっくりした、たまげた」という意味の語呂合わせ(脚韻を踏んだもの)。「えりき(エレキ?)に狸に蓄音機」と続く。(落語・紫檀楼古木:「おどろ木、桃の木、山椒の木、えりきに狸に蓄音機……」、ぢぐち=地口合せ、厩火事)

おならして国二ヶ国を得たりけり頭はりまに尻はびっちうおならしてくににかこくをえたりけりあたまはりまにしりはびっちゅう):【意味】御前でおならをして太閤秀吉に笏で叩かれたお伽衆の曾呂利新左衛門がとっさに詠んだという歌。講談にもある。(落語・狂歌合せ:「『新左即吟に申せ』 おならして国二ヶ国を得たりけり頭はりまに尻はびつちう、『どうも呆れた奴だ』」)

鬼が十能おにがじゅうのう):【意味】「~を抱えたよう」。容姿に難のある女性が三味線を弾く姿を形容する悪口の一種。(落語・汲みたて:「鬼が棕櫚ぼうきとは情けないな! 鬼が十能はきいているが」)

鬼に金(鉄)棒おににかなぼう):【意味】強い鬼に鉄棒を持たせたように、ただでさえ強い者のパワーが倍になる、ということ。(落語・穴泥:「一両くださればもう本当に、入質(まげ)てあるどてらが身請けができますんで、もうこうなりゃァ、“鬼に金棒”で……」)《い》

鬼のいないうちに洗濯おにのいないうちにせんたく):【意味】怖い人のいないうちにのんびりしようということ。(落語・鰻の幇間、万金丹:「どうだ鬼の居ねえ留守の洗濯だ。一杯やろうぢやアねえか」)

鬼の霍乱おにのかくらん):【意味】鬼が日射病にかかること。いつも丈夫な人が病気になること。(講談・妲妃のお百:「所がおゆりの方鬼にも霍亂といふ譬へ、斯んな奴でも病には勝てんものと見えまして風邪の心地で寝たのが初まり、遂には枕も上がらんやうな大病になりました」、落語・妾馬、柳の馬場)

鬼の新金、鬼神の丸尾、情け知らずの大万おにのしんかね、きじんのまるお、なさけしらずのおおよろず):【意味】いずれも新宿の女郎屋の名。人遣いが過酷なことをいう。(落語・文違い:「伊勢丹の前に丸井という店があります。あすこのとこがちょうど新金という女郎屋でこれは新宿でも一番大きい見世でした。その当時『鬼の新金、鬼神の丸尾、情け知らずの大万』という唄がありまして」)

鬼の女房に鬼神おにのにょうぼうにきじん):【意味】「鬼の女房に鬼神がなる」の略。鬼のような恐い男には相応な恐ろしい女が連れ添う。「似たもの夫婦」のこと。「鬼の亭主に鬼人」という言い回し(講談・爆裂お玉)もある。(講談・国定忠治:「其のうちに女房が戸棚から出したのが、三年も前に使った鉄砲、鬼の女房に鬼神とやら、弾を込めて、円蔵にソツト差出した」、妲妃のお百、西郷南洲、関東七人男、八百蔵吉、落語・算段の平兵衛、政談月の鏡)《い》

鬼の目にも涙おにのめにもなみだ):【意味】どんなに冷酷で無慈悲な者にも、情にもろいところがある、ということ。またはそれがあらわになった場面をいう。(講談・名刀捨丸:「鬼の眼にも涙、襦袢一枚を貰つて、それを着ると細帯を締めて」、鼠小僧次郎吉、安中草三郎、緑林五漢録、落語・地獄八景)

鬼も十八、番茶も出花おにもじゅうはち、ばんちゃもでばな):【意味】「鬼も十七、山茶も煮花」ともいう。鬼のように恐ろしい者でも、年頃になればそれなりに見られるものである。同様に番茶も入れたてならうまい、ということから、合わせて不器量な娘でも娘盛りは美しい、という例え。(講談・笹川繁蔵、落語・地獄八景:「ハァハァ、鬼も十八か。それにしては鬼がおまへんな」、遠山政談)《い》

小野の小町か衣通姫、見ぬ楊貴妃はいざ知らず、雪か氷か白鷺か、普賢菩薩の再来かおののこまちかそとおりひめ、みぬようきひはいざしらず、ゆきかこおりかしらさぎか、ふげんぼさつのさいらいか):【意味】東西古今の美女を引き合いに出して、女性の美しさを形容(ベタ褒め)する時のきまり文句。「普賢菩薩の再来か、常磐御前か袈裟御前、お昼のご飯(ぜん)はもう済んだ」(落・井戸の茶碗ほか)などのバリエーションがある。(講談・加賀騒動、落語・姫かたり:「“唐土の楊貴妃はなんのその普賢菩薩の再来か常磐ご前か袈裟ご前、お昼のご膳はいますんだ”ッてえやつ」)

己れからよこしまに降る雨はあらで風こそ夜の窓を打つらめおのれからよこしまにふるあめはあらでかぜこそよるのまどをうつらめ):【意味】日蓮上人の歌であるという「おのづからよこしまにふる雨はあらじ風こそよるの窓はうつらめ」による。雨は自然と上から真下に向かって降るものであるが、風が吹くために横に流れて窓を叩くこともあるのである。人も本来性善に、素直に育つべきものである(生まれながらの悪人などいない)が、環境などのため、よんどころなく邪な心にゆがむのである。(講談・小山田庄左衛門:「日蓮上人のうたに“己れからよこしまに降る雨はあらで風こそ夜の窓を打つらめ”自分はまっすぐに降る雨だが、横あいから風のためにさそわれて曲って降ることになる」)

己に出づるものは己に返るおのれにいづるものはおのれにかえる):【意味】自分が悪巧みなどをして人を陥れようとすると、いずれその報いが自分に返る。「自業自得」のこと。(講談・猿飛佐助:「己れに出ずるものは己れに返る。清海入道こそよい面の皮だ」)

己れも菊五郎もあるものかおのれもきくごろうもあるものか):【意味】侍に「おのれ!」と言われた町人が言い返す時に使う悪態。「おのれ」と「尾上」をかけた洒落。(講談・祐天吉松:「『ナニ、己れは……』『己れも菊五郎もあるものか』」)

尾花の末を渡る風の音にも気を止めおばなのすえをわたるかぜのねにもきをとめ):【意味】後ろ暗い身の上なので、始終ビクビクして生活しなければならない状態をいう。(講談・安中草三郎:「脛に疵持つ身尾花の末を渡る風の音にも氣を止め、もしや八州のお役人ではあるまいかと心を置きながら」)(参照)→木にも萱にも心を措く身脛に疵もちゃ笹原走るすすきの穂にも脅える体

帯に短し襷に長しおびにみじかしたすきにながし):【意味】物事が中途半端で役に立たないこと。主に倅や娘の嫁や婿を探しているのだが、なかなか親の眼鏡にかなう候補者がいない、というような場合に使われる。(講談・寛永三馬術、幡随院長兵衛、梅ヶ枝仙之助、朝顔日記、祐天吉松、加賀騒動、落語・小言幸兵衛、ちきり伊勢屋、山崎屋、長崎の赤飯、富久:「帯に短し襷に長しで何うも思ふ様なのは無い」、後の船徳=お初徳兵衛)

お平の長芋、日蔭の朝顔おひらのながいも、ひかげのあさがお):【意味】平椀に盛られた長芋(の煮たもの)は、見栄えはするがうまくない。日陰に育った朝顔も顔や姿はいいが弱々しい。見かけはいいが頼りない人(主に男)のこと。(講談・水戸黄門:「何だ馬鹿者め、お平の長芋、日陰の朝顔、色ばかり白くつて、ヒヨロヒヨロして居るといふのは貴様のことを云ふのだ」、落語・木乃伊取り)

帯をも解かずに看病おびをもとかずにかんびょう):【意味】一瞬たりとも目を離さず、手抜かりなく厚い看護をすること。(講談・左甚五郎:「母子の驚きは一方ならず、一生懸命、帯をも解かずに看病しましたが、定命というものか、だんだん重る一方」、鈴木重八)

おぶえば抱かるおぶえばだかる):【意味】「おんぶにだっこ」。「負ぶおうといえば抱かろう」。好意に甘えてつけあがること。さまざまな費用を他人に負担させて平気でいる様子。何かしてもらうと、それに増長してさらにもっと過大な要求をすること。(落語・肥瓶:「済まねえけどね…そんなことォ言って“おぶえば抱かる”だけども、荒縄でもあったら貸してくんねえかなァ」)

溺れる者は藁をもつかむおぼれるものはわらをもつかむ):【意味】大変困って追い詰められている人は、大して頼りにならない者にでも頼ろうとする。(講談・清水次郎長、名医と名優、天保六花撰、慶安太平記、落語・永代橋:「『溺れる者は藁をも掴む』なんてえますが、苦しまぎれに『わぁッ』と、髷へかじりついたものもあろう……」)(参照)→藁をもつかむ思い

おまえ百までわしゃ九十九まで、共に白髪の生えるまでおまえひゃくまでわしゃくじゅうくまで、ともにしらがのはえるまで):【意味】夫婦がいつまでも仲良く長生きすることをいう俗謡。フーテンの寅さんは後段を「共にシラミのたかるまで」という。(落語・浮世根問:「『おまえ百までわしゃ九十九まで、ともに白髪のはえるまで』なんてえ都々逸があるが、夫婦仲よく共白髪まで添い遂げるというんもで、あれを飾るなァ」)

御神酒上がらぬ神はなしおみきあがらぬかみはなし):【意味】酒飲みの自己弁護。神様さえお酒を飲むのだから、人が飲むのは当たり前だ、ということ。(落語・かつぎ屋:「お酒は好し、大酩酊致しました。唄『御神酒上がらぬ神もなし………』」)

怯めず臆せず(恥らわず)おめずおくせずはじらわず):【意味】全く気後れせず、迷わず、ためらわず。(講談・山中鹿之助:「『汝等兩人は思ひの外の馬鹿者である』と怯めず臆せず罵り返しました」、寛永御前試合、落語・鸚鵡の徳利)

思い(心)中にあれば色外に現るおもいうちにあればいろそとにあらわる):【意味】どんな人でも、心の内に思うこと(悩み事など)があると、自然にそれが顔色や挙動に出てくるものだ、ということ。(講談・幡随院長兵衛、伊賀の水月、中村勘助:「思ふ事内にあれば色外に現るゝ、此方の胸中を見抜かれては一大事ぢや」、木村長門守、鎌倉星月夜、山内一豊出世の馬揃い、本所五人男、難波戦記、天保六花撰、落語・真景累ヶ淵)

思い立ったが吉日おもいたったがきちじつ):【意味】計画を思い立ったら、その日が縁起が良いので、時間をおかずにただちに実行に移すべきである。「きちにち」とも。(講談・大島屋騒動、左甚五郎、由井正雪、山内一豊出世の馬揃い、落語・たらちね:「今夜連れてきておくんなさい。思い立ったが吉日です」、甲府ぃ、景清、延陽伯、道具屋、米揚げ笊、素人占い=きめんさん)

思いは二つ身は一つおもいはふたつみはひとつ):【意味】合戦のような重大な場で、大将がああもしようか、こうもしようかと逡巡するが、身は一つしかないためどちらかを選ばねばならない状態。嬉しい迷いというよりは苦しい選択を迫られるという意味で使われる。「心二つに身は一つ」。(講談・太閤記:「思ひは二つ身は一つ、光俊も暫くは思案に暮れてをりました。それも道理(ことわり)、主将光秀の成行は早く知りたい」、名医と名優、汐留の蜆売り)

思へば思はるるおもえばおもわるる):【意味】こちらが相手のことを思えば、きっと相手もこちらを思ってくれる、ということ、または親切には必ず報いがあるということ。逆に、悪意があればそれも相手へ自然に伝わって悪意が返ってくるものだ、の意。「魚心あれば水心」のニュアンスも。(講談・梁川庄八、天保六花撰、寺井玄渓、落語・おかめ団子:「思へば思はるるで、太助が親孝行でございますから、母親(おふくろ)が門口へ出まして、寒いのに、太助の帰りを待ツてをります」)(類義)→情けは人のためならず、めぐりめぐりておのが身のため(反対句)→こっち思いの向こう思わず

表通りがあって裏通りがあるおもてどおりがあってうらどおりがある):【意味】物事(計画)を行うのに、正面からぶつかるまっとうな方法もあれば、一方で裏から手を回したりあからさまにできない手口を使ったりすること(ヤミの手法)も必ずある。(落語・山崎屋:「世間様に対してご披露もちょっと出来兼ねますがそこは表通りがあって裏通りのあるたとえ、狂言を一つ、ここで書けばいいわけです」)

重荷に小附けおもににこづけ):【意味】大きな負担の上に更に小さな負担(おまけ)が重なるということ。たとえばひどい雨が降った上に雷が鳴り出す、というような場合に使う。(講談・伊達誠忠録:「『オヤオヤ重荷に小附けか、雷様まで鳴り出したぞ、こいつは堪らねえ』」)

親思ふ心に優る親心今日のおとづれ何ときくらんおやおもうこころにまさるおやごころきょうのおとずれなんときくらん):【意味】吉田松陰が安政の大獄によって江戸で刑死する際に詠んだ、自らの不孝を嘆く歌。(講談・西郷南洲:「死罪の人々は十月末に小傳馬町の牢屋で首を斬られる。その時吉田松陰は、 親思ふ心に優る親心今日のおとづれ何んときくらん」)

親が女郎を買って子が後生を願うおやがじょうろをかってこがごしょうをねがう):【意味】世間一般とは反対な事態の譬え。普通は親が堅く信心をし、子が道楽をするものと相場が決まっているが、逆の場合もあるということ。(落語・真景累ヶ淵:「今の世は逆さまだ、親が女郎を買つて子が後生を願ふと云ふ唄の通りだ」)

親が死んでも食休みおやがしんでもしょくやすみ):【意味】どんな場合でも食後の休息は必要だという金言。「じきやすみ」とも読む。(講談・慶安太平記、落語・乾草車:「親ァ死んでも食休みっちゅうことアンからなァ。いま一服つけて、それから出かけるでェ、待っておくんなせえナ」)

おやかすおやかす):【意味】立たせる(一物を勃起させる)。(落語・松引き:「夫れにどたまおやかせと云ふのだ、どうおやかすのだ」)

親兄弟を振り捨てても殿御に尽くすのが世の訓おやきょうだいをふりすててもとのごにつくすのがよのおしえ):【意味】女性が全身全霊をこめて夫に尽くす姿勢をいう古典的な表現(教訓)。(落語・長崎の赤飯:「かまいませんとも。親兄弟を振り捨てても殿御につくすのが世の訓。女というものは夫に従えばよいものと申します」)

親子は一世、夫婦は二世、主従は三世おやこはいっせ、ふうふはにせ、しゅうじゅうはさんせ):【意味】親子の関係はこの世だけ、夫婦の因縁は現世だけでなく来世にもつながり、主従の縁は過去にも来世にもつながる。主従関係はそれほど強い因縁である、ということ。続けて「間男はよせ」とも。(講談・梁川庄八、岩見重太郎、旗本五人男、寛永三馬術、安中草三郎、落語・たらちね、おせつ徳三郎・刀屋、お見立て、風呂敷:「ェェ“親子は一世で夫婦は二世、ェェ、主従三世、間男はよせ[四世]”ッてえくらいのもんで……」)(参照)→主従は三世

親というものは拵えようと思ってできんものだおやというものはこしらえようとおもってできんものだ):【意味】諺ではない。幡随院長兵衛が力士の櫻川五郎蔵に、母親に孝行をしろ、心配をかけるなと意見するときに言うせりふの一部。(講談・幡随院長兵衛:「親といふものは拵へやうと思つて出來んものだ。お母さんはお前をば杖とも柱とも思つて居るんだから、お母さんに心配をかけないやうに、大切にして遣んなさい」)(参照)→八十九十になって親というものはできない

親亡き後に親の家を立派に立てるのが孝の道おやなきあとにおやのいえをりっぱにたてるのがこうのみち):【意味】親が亡くなった後、子がその家を継いで栄えさせるのが何よりの親孝行であるという昔ながらの教え。(講談・清水次郎長:「跡は次郎長が家督相續、親亡き後に親の家を立派に立てるのが孝の道」)

親亡き後は伯父伯母を親と心得る(親なき後は伯父が親)(おやなきあとはおじがおや):【意味】親が亡くなった後は伯父(伯母)が親代わりであるから、その教えを守り、孝行を尽くすべきであるという教え。「親亡き後は姉が親」(講・天保六花撰、加賀騒動)、「兄が親」(落・赤垣源蔵)ともいう。(講談・横川勘平:「イヤ親亡き後は伯父伯母を親と心得なければならぬ」、落語・藁人形)

親に先立つのは不孝おやにさきだつのはふこう):親より早く亡くなるのはなによりも不孝であるということ。(講談・近江聖人:「親に先立つは不孝とはいいながら、父母の名を擧げ家を起す、遖れ孝子の典型といふべきでございます」)

(父)親に似ぬ子は鬼っ子おやににぬこはおにっこ):【意味】子というのは必ず親に似るもので、親に似ない子があれば、それは「鬼子」(誕生時、すでに髪が生えたり歯が生えたりしている赤ん坊。または性格が荒々しい子)というべきである、ということ。(講談・野狐三次、祐天吉松、寛永御前試合、落語・やかん:「あれはまことにどうも親に似ない子は鬼ッ子といふんで、ありゃ困りますよ」、菊江の仏壇、菊江仏壇)

親の因果が子に報いおやのいんががこにむくい):【意味】親の悪行が子供に及び、それを償うために罪のない子が苦しまなければならなくなる、ということ。(講談・天野屋利兵衛:「ハイ、親の因果が子に報う、私の代りに拷問にかければ、親子の情にほだされて、白状すると思し召しましょうが、いっかな利兵衛は申し上げることはなりませぬ」、新吉原百人斬り、落語・ちきり伊勢屋)

親の思うほどに子は思わんおやのおもうほどにこはおもわん):【意味】親が子を思うほど、子は親のことを思わない。親の愛情はそれほど無償かつ強いものだということ。(落語・花筏:「足の一本……親の思うほどに、子は思わんてなあ。角力でも何でも取りくされ。勘当じゃ、この親不孝者」)(参照)→親を思わぬ子はあれど、子をば思わぬ親はなし

親の心子知らずおやのこころこしらず):【意味】子を思う親の心を思いやらず、子供が勝手気ままをすること。(講談・寛政力士伝:「此方はどうかして五分に取らせたいと思ふから勇氣を附けると、笑ひながらも一口に喰つてしまふといふ了簡、これを俗に云ふ親の心子知らずと申しませうか」、清水次郎長、赤穂四十七士伝、西郷南洲、加賀騒動、本所五人男、落語・よかちょろ、干物箱、にゆう、六尺棒、双蝶々・下、真景累ヶ淵、寝床)(参照)→親を思わぬ子はあれど、子をば思わぬ親はなし

親の臑かじる息子(野郎)の歯の白さおやのすねかじるむすこのはのしろさ):【意味】親の苦労も知らずにしゃあしゃあとその脛をかじる道楽者の息子を皮肉っていう川柳。(落語・唐茄子屋:「『親の脛かじる息子の歯の白さ』という川柳がある。歯は磨くんじゃねえ、料簡を磨け。塩でぐずぐずッとやっておけばいいんだ」、立波)

親の光は七(名の)光りおやのひかりはななひかり):【意味】(偉大な、人望のある)親の威光というものはありがたい。子はいろいろな方面で想像以上にその恩恵を受けるものである。(講談・清水次郎長、木村長門守、両越大評定:「これは世に謂ふ親の光は名の光、間違へて七光。お杯を頂戴いたして、誠に美作喜悦表面に溢れました」)

親の不肖は子の不肖おやのふしょうはこのふしょう):【意味】親にまつわる不運は子にまでたたるものだということ。(落語・井戸の茶碗:「“親の不肖が子の不肖”で、飾れば結構な娘さんですけれども、着ているものはてえと、ほんとうに粗末なもので」)

親のものは子のものおやのものはこのもの):【意味】いずれ相続するのであるから、親の資産は子の資産も同様であるということ。主に道楽息子が遊びの資金を親に無断で持ち出す時の屁理屈である。(講談・幡随院長兵衛:「ナアニ構やアしません、親の者は子の者で、私が持つて參りませう」、落語・真田小僧)

親馬鹿ちゃんりん、そば屋の風鈴おやばかちゃんりん、そばやのふうりん):【意味】親が子への盲目的な愛に耽溺している様子をからかって(自嘲して)いう表現。夜鳴きそば屋の屋台には風鈴が下がっていた。(講談・水戸黄門、岩見重太郎、落語・崇徳院:「そうかい、いや、親馬鹿ちゃんりんとはよく言ったものだなァ。いつまでも子供だ子供だと思ってたが……」、時そば、子別れ)

親はなくとも子は育つおやはなくともこはそだつ):【意味】仮に親が早く世を去っても、残された子というのはどうにかこうにか育っていくものである、という諺。(講談・幡随院長兵衛、赤穂義士本伝、安中草三郎、誰が袖音吉、落語・子別れ、茄子の子:「成程諺にも云う通り、親はなすとも子は育つ」)

親は離縁のならぬものおやはりえんのならぬもの):【意味】子から見れば親というのは選べないし、どんなにひどい者でも子の方から縁を切るということはできない。だから歯を食いしばって孝行していくのが人の道である、ということ。(講談・忠臣二度目の清書:「妻は離縁のなるもの、親は離縁のならぬもの」)

親船に乗った気でおやぶねにのったきで):【意味】「親船」とは、外海を航海できるような大きな船のことをいう。安定した大きな船に乗った積もりで頼りにしなさい、安心してついてきなさい、ということ。(講談・国定忠治:「マア安心して此處ならお前へ、親船に乗つた気で居なせへ」、落語・居残り佐平次)(同義)→大船に乗った気で

親よりも先に見限る幇間おやよりもさきにみかぎるたいこもち):【意味】道楽息子を皮肉る川柳の一つ。親から勘当される前に、金がなくなったと見れば取り巻きの幇間はさっさと離れていってしまう。(落語・素人占い:「『親よりも先に見限る幇間』などと、いろいろ悪口を言つてあります」=きめんさん)

親を思わぬ子はあれど、子をば思わぬ親はなしおやをおもわぬこはあれど、こをばおもわぬおやはなし):【意味】親をないがしろにする子はあるが、子供のことを思わぬ親などはこの世にはいないものである、ということ。さらにいえば(参照)→「親の心子知らず」。(講談・天野屋利兵衛)(参照)→世の中に思いあれども子を思う思いに勝る思いなきかな

親を見ること子に如かずおやをみることこにしかず):【意味】親の性格や好み、力量というものは、子供がもっともよく知っている。(講談・春風臆病問答:「それが判らぬか。親を観ること子に若かず。やはり回転が一段とにぶいわい」)(反対)→子を見ること親に如かず

及ばぬ鯉の瀧登りおよばぬこいのたきのぼり):【意味】いくら頑張ってみても、とうてい及ばぬ高望みな恋である、ということ。(講談・猿飛佐助:「ハハハハハ、到頭白状したな。及ばぬ鯉の瀧登り、マア諦めるに限るよ」)

俺が俺がの「が」を捨ててどうもどうもの「も」で暮らせおれがおれがのがをすててどうもどうものもでくらせ):【意味】自分が前に出よう、認められよう、出世しようという「我欲」を捨てて、謙譲を旨として他人と円転滑脱に交際すれば、物事うまくいく、という処世術をのべた教訓。(講談・雲居禅師:「これを分かりやすく言うと、何でございましょうか。『俺が俺がのがを捨てて、どうもどうものもで暮らせ』」)

尾を振る犬は叩かれぬおをふるいぬはたたかれぬ):【意味】日頃からおとなしくて、愛想が良く、従順な者は誰にも憎まれない、だから好かれるためには人に逆らうな、という諺。(講談・安中草三郎:「兎角世の中は妙なもので尾を振る犬は叩かれぬとか申しますが」)(参照)→憎い鷹には餌杖の下に入る犬は打てぬ

隠田百姓作り取りおんでんひゃくしょうつくりどり):【意味】「隠田」とは、領主に年貢をおさめない「かくし田」のこと。「作り取り」は、全収穫を自分のものにすること。バクチなどで、勝った分を総取りしてしまうときなどにもこういう。(講談・鼠小僧次郎吉:「お前方の資本だ十両ずつまわしておくよ、穏田百姓作り取りだ。勝ったら勝ち徳、負けたら負け徳としてやんなせえ」)

女氏なくして乗る玉の輿おんなうじなくしてのるたまのこし):【意味】女は血筋や家柄が卑しくても、容貌と運さえ良ければどんな出世もできるということわざ。(講談・水戸黄門、慶安太平記、落語・妾馬:「女氏なくして乗る玉の輿なんというたとえがあります」)

女(婦人)賢しうして牛売り損なうおんなさかしうしてうしうりそこなう):【意味】なまじ女が賢いのは、大局を見ないためかえって物事をし損じ、役に立たないことが多い、ということわざ。(講談・大岡政談鉄砲弥市、寛永三馬術、落語・小言幸兵衛:「『女さかしゅうて豚売りそこなうとは手前のことだ』『お爺ィさん、まちがってるだろう? 牛売りそこなうだろう?』」、相撲の蚊帳、隅田の馴染め)

女というのは気の狭いものおんなというのはきのせまいもの):【意味】女は感情に突き動かされて、思慮分別もなく短絡的な行動を取ってしまうことがある、ということ。(落語・あり:「女というものは気のせまいものだから、女とでも暢気に遊んで歩いていたとでもお前は思うかしらんが、なかなかそんなものではない」)

女に嫌われる者はどこか血のめぐりの悪いところがあるおんなにきらわれるものはどこかちのめぐりのわるいところがある):【意味】女に嫌われる男には、端で見ていてどうも鈍感で機微が分かっていないところがあるものだ、ということ。名言の宝庫「関東七人男」より。(講談・関東七人男:「ヘェーわかりませんか。女にきらわれるものは、どこか血のめぐりの悪いところがあるんじゃないですか」)

女に悋気がないのと刺身に大根がついてないのと、辛子がきかんのはすぼらかでたよりないおんなにりんきがないのとつくりにけんがついてないのと、からしがきかんのはすぼらかでたよりない):【意味】嫉妬深いのも困るが、さりとて女が全然焼き餅を焼かないというのも、刺身にツマがなく、辛子がきかないようなもので、手応えがなく、面白くないものだという言い回し。(落語・三枚起請:「そら、私かて、女やもん、悋気のひとつぐらいは知ってる、女に悋気のないのと、刺身に大根のついてないのと、辛子のきかんのは、すぼらかでたよりない、ぐらいのことは知ってるけど」)

女の一念岩をも通すおんなのいちねんいわをもとおす):【意味】かよわいようだが、一度思い詰めたら、女は執念深いという例え。(講談・越後伝吉:「女の一念岩をも通す、お仙は一生懸命だから、突き飛ばした家來の手をグイと引く」)

女の黒髪は大象をも繋ぐおんなのくろかみはたいぞうをもつなぐ):【意味】女が男を惹きつける力がとても強いこと。どんな英雄も女には迷いがちであること。(講談・田宮坊太郎、笹川繁蔵:「女の髪の毛は象を繋ぐと譬にもいうくらいですから、大したもの」、柳沢昇進録)(同義)→大象も女の黒髪には繋がれる

女の目には鈴を張れおんなのめにはすずをはれ):【意味】女の目は鈴のように大きくて丸いのが良い、ということ。(講談・柳沢昇進録、落語・三年目:「能く女の目には鈴を張れというが、鰐口でも張りそうな、パツチリとした二重瞼で睫毛が長くつて、黒目勝で……尤も白目勝では見えないけれども」、阪東お彦)(参照)→目は鈴を張ったよう

女の利巧と男の馬鹿とつっ支うおんなのりこうとおとこのばかとつっかう):【意味】女の浅知恵と、男の馬鹿とはいい勝負である、ということ。「女の利巧より男の馬鹿が良い」という諺もある。(落語・火焔太鼓:「ここをいうんだよ、『女の利巧と男の馬鹿とつっ支う』ってなあ」)

女は御色気の水上おんなはおいろけのみなかみ):【意味】女性というのは世の中の風情というものの源泉である、と女性を賛美する言い回し。(落語・薬違い:「女は御色気の水上とか言ひまして、尤も御女中は御大切の者に相違ない様な訳ですが、日本では酷く女と云ひますと抑へ斥けてあります」、新治療=疝気の虫)

女は気の小さいものおんなはきのちいさいもの):【意味】女は物欲や目先の利害にとらわれてしまいがちである、という一種の偏見。(落語・樟脳玉:「女てえものは気の小さいものでございますから、金や着物に気が残ってるから寺へでも納めなさい」)

女は口のさがなき者おんなはくちのさがなきもの):【意味】女は口が軽く、また口やかましい(うるさい)。(講談・水戸黄門:「何だつて宜いぢァねえか、女は口の善惡なき者」)(参照)→口さがなきは女の習い下郎は口のさがなき者

女は三界に家なしおんなはさんがいにいえなし):【意味】女には安住すべき家はないのだ、という諺。(落語・風呂敷:「女はさんがいに家なしということばがある、知ってるか? それは、女というものは三階にいて降りてくるッたって、たいへんだよ」、夢金、お文様:前半は権助魚、擬宝珠)(参照)→子は三界の首枷

女は百年の苦楽を良人とともにするおんなはひゃくねんのくらくをおっととともにする):【意味】女は百年にわたって夫と苦楽を共にする(苦楽浮沈は夫次第である)ということ。(講談・佐倉宗五郎:「旦那様、女は百年の苦楽を良人(をつと)と共にいたすといふことは、兩親から豫て聞いて私も存じて居ります」)

御名は雷の如くに承るおんなはらいのごとくにうけたまわる):【意味】侍同士の初対面の挨拶に出てくる言い回し。「あなたの(たとえば武芸に秀でているという意味で)お名前は有名で、世間にとどろき渡っているので、私もかねがねうかがっています」という尊敬表現。(講談・慶安太平記、赤穂四十七士伝:「先生の御高名は雷の轟くが如く承知いたし罷り在る」)

婦女ほど世にも尊きものはなし釈迦も孔子もヒョコヒョコと産むおんなほどよにもとうときものはなししゃかもこうしもひょこひょことうむ):【意味】偉人や聖人も元はといえばみな女性から生まれたのだから女性は偉いという意味の歌だが、なぜかあんまり敬意がこめられているような雰囲気はない。(落語・お血脈:「女ほど世にも尊ときものはなし釈迦も孔子もヒヨコヒヨコと産むと申しまして、お釈迦様でも孔子様でも、英雄でも豪傑でも、我々見たやうな空ツ穴(けつ)でも皆な婦人から成立つのでございます」、隅田の馴染め)

女やもめに花が咲くおんなやもめにはながさく):【意味】「男やもめに蛆がわく」と対照して使用される。女は夫と死別しても、男が周囲に集まって華やかな生活ができ、再婚して幸福になれる、という諺。(落語・お化け長屋:「その時が恰度死んだ亭主が五十幾歳で内儀さんが四十幾歳だよ、女寡婦に花が咲くで初めの内こそ質素にして居たが」、子別れ)

陰陽師身の上知らずおんみょうじみのうえしらず):【意味】陰陽師は他人のことは平気で占うのだが、えてして自分の未来については分からないので不運を回避できない。他人の欠点は目についても自分の短所は自分には見えない、ということ。(講談・荒木又右衛門:「陰陽師身の上を知らず、醫者は自分の病を知らぬと申しまする事もございます」、おこよ源三郎)《い》

恩を仇で返すおんをあだでかえす):【意味】恩を受けながら、かえってその相手に危害をもって報いるようなひどい所行。(落語・狸の釜:「アレッ、化けやがつたな、此ン畜生恩を仇で返すてえのは汝の事だ」)

恩を受けて恩を知らぬは人でなしおんをうけておんをしらぬはひとでなし):【意味】人から恩を受けておいて、それをありがたいと思わず、報いようと考えないのは人間の所業ではない、ということ。(講談・後藤半四郎:「然様思し召は成程御道理恩を受て恩を知ぬは人でなしとは云ものゝ力業にも届かぬは金の才覺」)

編:松井高志・2004-

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