[き]で始まる語句・ことわざ
既往咎めず(きおうとがめず):【意味】(ある人について)過ぎ去ったことをあれこれあげつらってもしかたがない。それよりも大事なのはこれからどう正しく生きるかだ、という意味。「論語」より。(講談・岩見重太郎)
気があれば目は口ほどにものを言う(きがあればめはくちほどにものをいう):【意味】主に男女の間で、お互い惹かれるところがあれば、あれこれ言葉を飾るよりも交わし合うまなざしで気持ちが通じ合う、見つめ合うことでより二人の間が近くなるという意味。(講談・安政三組盃、岡野金右衛門、朝顔日記、越後伝吉、赤穂四十七士伝、落語・盃の殿様、成田小僧、三十石夢の通い路、牡丹燈籠)
奇貨措くべし(きかおくべし):【意味】「史記」より。奇貨とは「珍しい品物」のこと。後できっと役に立つから、今それを手に入れておこう、ということ。またこれから転じて、めったにないチャンスだから、絶対にこれを生かさない手はない、という意味に使われる。(講談・金田屋お蘭)
木から落ちたる猿の如し(きからおちたるさる・ましらのごとし):【意味】もはや頼るものがなくなった心細い状態を例えた表現。たとえば武士がいきなり浪人した場合などに使う。(講談・南部坂雪の別れ、伊達誠忠録、左甚五郎、越後伝吉、妲妃のお百、落語・つるつる、猿後家)
気から病が出る(きからやまいがでる):【意味】本来健康であるはずなのに、心配がつのって病気になってしまうこと。貧乏になったり牢屋に入れられたりして、がっくりと落ち込むと病気になり、命を落とすもとになる。(講談・関東七人男、落語・応挙の幽霊、かつぎ屋)(参照)→病は気から
危急累卵よりも甚し(ききゅうるいらんよりもはなはだし):【意味】卵を積み重ねたような不安定で危うい状況をいう。(同義)→危うきこと累卵のごとし(講談・朝顔日記)
聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥(きくはいっときのはじ、きかぬはまつだいのはじ):【意味】知らないことを人に尋ねるのは、その当座とても恥ずかしいことだが、知らないまま一生を送るのはもっと恥ずかしいことであるから勇気を出して聞いておくべきである、ということ。(落語・馬のす、てんしき、皿屋敷、雁風呂)(参照・同義)→問うは当座の恥、問わずは末代の恥《い》
聞けば聞き腹、きんたまも釣り方(きけばききばら、きんたまもつりかた):【意味】聞かなければ平気でいられたものを、なまじ聞いたばかりに腹が立つことがある。睾丸もぶらさがりようによっては一向に気にならなかったり、歩くのに邪魔になったりする。ものはその時々の取りようでどうにでも感じられるのである、ということ。物事には贔屓があり、見る人の主観によってどうとでも受け取られる。(講談・伊賀の水月、祐天吉松、落語・ちきり伊勢屋、三軒長屋、落・猫忠、真景累ヶ淵)
騎虎の勢い(きこのいきおい):【意味】虎に乗って猛烈な勢いで走る者が、今更途中で下りることができないように、物事の勢いがついてしまったため、引っ込みがつかないありさまをいう。(講談・梁川庄八、清水次郎長、笹川繁蔵、西郷南洲)
木静かならんと欲すれども風止まず、子養わんと欲すれども親待たず(きしずかならんとほっすれどもかぜやまず、こやしなわんとほっすれどもおやまたず):【意味】たいてい前半が独立して使われる。孝行をしようと思っても、その時まで親は生きていてくれない、ということ。(講談・近江聖人)(同義)→孝行をしたい時分に親はなし、さればとて石に布団は着せられず、八十九十になって親というものはできない
雉子も鳴かずば討たれまい(きじもなかずばうたれまい):【意味】いらないことを口走らなければ、わざわいを招かなくても済んだのに、ということ。概ね悪玉が邪魔者(生かしておいては面倒な善玉や小悪党)を消した直後に口走るセリフにある。(講談・寛永三馬術、安政三組盃、天一坊、相馬大作、落語・蛸芝居、鼻ほしい=鼻がほしい)
鬼神に横道なし(きじんにおうどうなし):【意味】「鬼神」は「神霊」「神様」をいう。神様は間違ったこと、道にはずれたことは決してしない、という諺。(講談・水戸黄門)《い》
汚う働いてきれいに食え(きたのうはたらいてきれいにくえ):【意味】上方商人のポリシーをいう。めいっぱい働き、貯めた金を倹約し清らかな生活を送れ、ということ。(講談・薮原検校、落語・紙屑屋、梅若礼三郎)
義太夫は音曲の司(ぎだゆうはおんぎょくのつかさ):【意味】特に上方で、浄瑠璃といえばただちに義太夫をさすように、義太夫は音曲の中でもっとも位の高いものである、という意味の言葉。(落語・猫の忠信)
気違いに刃物(きちがいにはもの):【意味】「不適切な表現」が含まれているが、古くからの言い回しなので採用した。非常に危険な状態をいう。(講談・赤穂四十七士伝、落語・猫久、三軒長屋)
切っても切れない五本の指(きってもきれないごほんのゆび):【意味】血のつながった(血を分けた)間柄。兄弟関係をいうことが多い。(講談・清水次郎長、笹川繁蔵)
狐は奸智に長けたもの、狸は愚のもの(きつねはかんちにたけたもの、たぬきはおろかのもの):【意味】狐も狸も人を化かすが、狐の方が悪賢く、狸の方が愛嬌がある、ということ。(落語・狸の釜)
狐は七化け、狸は八化け(きつねはななばけ、たぬきはやばけ):【意味】狐は七変化し、狸は更にその上を行く化け方をして人をたぶらかす、ということ。(落語・田能久、紋三郎稲荷)
気で気を養う(きできをやしなう):【意味】自分で自分に「気合い」を入れる。自分をその気にさせるようにし向ける。(落語・貧乏花見)
木で鼻をくくったような(きではなをくくったような):【意味】無愛想な対応をすること。(講談・木村長門守、鼠小僧次郎吉、鈴木重八)
気に入らぬ風もあろうに柳かな(きにいらぬかぜもあろうにやなぎかな):【意味】短気を起こしてはいけない、気にくわないことがあっても、柳のようにさらりと受け流しなさいという教訓を含んだ川柳。(落語・天災)
木にも萱(草)にも(茅にも石にも)(草にも木にも)心を置(措)く身(きにもかやにもこころをおくみ):【意味】世間をはばかって(追われて)いるため、小さな事にもビクビクしながら生活する身であること。(講談・大石内蔵助、中村勘助、佐倉宗五郎、木村長門守、南部坂雪の別れ)(参照)→すすきの穂にも脅える体、脛に傷もちゃ笹原走る、尾花の末を渡る音にも気を留め
木に餅の生ったような話(きにもちのなったようなはなし):【意味】あまりにできすぎた、うまい話のこと。(講談・祐天吉松、新吉原百人斬り)
(世の中は飛鳥の川の明日待たで)昨日の淵は今日の瀬と変わりやすきは世の習い(きのうのふちはきょうのせとかわりやすきはよのならい):【意味】昨日川の淵(水の深くよどんだところ)であった場所が今日は瀬(浅いところ)になっているように、世の中のありさまというのは変わりやすいものである。古今集巻十八にある「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬となる」(よみ人知らず)などをふまえている。(講談・梁川庄八、慶安太平記、大高源五)
茸を取った山は忘れない(きのこをとったやまはわすれない):【意味】人間はいい目にあったことは忘れられず、必ずもう一度その再現をもくろむ、という例え。(講談・清水次郎長、野狐三次)
木の股から生まれた人間じゃない(きのまたからうまれたにんげんじゃない):【意味】堅物で色事には全く執着しないように見えても、生身の人間だからそれなりに欲というものはあるものだ、ということ。(落語・縮み上り)
木の実は元(きのみはもと):【意味】「木の実は木の元へ落つる」の略。物事はいずれ振り出しに戻る。たとえば修業先や奉公先を飛び出した若い者が、いずれ立ち戻る(頼る)のは故郷の親元である、というようなこと。(講談・水戸黄門、新吉原百人斬り)
気は心(きはこころ):【意味】ちょっとしたことでも、相手に対して自分の誠意は表現できる、ということ。一種の気休め。(講談・妲妃のお百、落語・掛取万歳、寄合酒)
気は長く勤めは堅く色薄く食細うして心広かれ(きはながくつとめはかたくいろうすくしょくほそうしてこころひろかれ):【意味】水戸光圀公が作ったという処世訓(長生きのコツ)の歌。真面目に働き、色欲・食欲はあまりなく、心を大きく持ってこせこせしないことが大事だということ。いちいちごもっともではある、が。(講談・水戸黄門、西行鼓ヶ瀧)
君がため薪割竹売夜蕎麦うり身を惜しまざる義士の働き(きみがためまきわりたけうりよそばうりみをおしまざるぎしのはたらき):【意味】亡君の無念を晴らそうと、身をやつして吉良邸の様子を探る赤穂義士の苦心を詠んだ歌。三村次郎左衛門、大高源五、杉野十平次(または富森助右衛門、前原伊助)の逸話による。(落語・滑稽義士)
君君たれば(たらずんば、たらずとも)臣臣たり(たらず、たれ)(きみきみたればしんしんたり):【意味】主君に徳があれば、家来もその道を守って忠義を尽くすべきである、ということ。逆に、主君が暗愚であれば、家臣も本分に従って働かない、という意味もある。「君君たれば臣臣たり」と「論語」にある。(講談・寛永三馬術、相馬大作、名月若松城)
君、臣をみること塵芥の如くんば、臣に君をみること怨讐(讐敵)の如し(きみ、しんをみることじんかいのごとくんば、しんにきみをみることしゅうてきのごとし):【意味】主君が家来をゴミ程度にしか扱わないようでは、家臣も主君のことをあたかも仇のように憎むばかりである(のが当然である)、ということ。(講談・木村岡右衛門、磯貝十郎左衛門、勝田新左衛門)
君に慶事あれば臣これを賀び、君憂うれば臣これを共にす(きみにけいじあればしんこれをよろこび、きみうれうればしんこれをともにす):【意味】主君におめでたいことがあれば家臣も一緒に喜び、また悩み事があれば共に分かち合うべきである、ということ。(講談・曾呂利新左衛門)
君は一代、御家は末代(きみはいちだい、おいえはまつだい):【意味】現在家督を継いでいる主君は亡くなればそれで終わりだが、仕えている主家は殿様の死後も長く続くべきものなのだから、侍というのは、今の殿様の気に入られ、目先の奉公に走るよりも、大きな視野をもって、何が御家のためになるかを念頭に置いて仕えるべきである、ということ。(講談・両越大評定)
君(主)辱めを受ける時は臣死す(の習い)(きみはずかしめをうけるときはしんしす):【意味】主君が恥辱を受けた時は、家臣が命を放り出してもこれを雪がなければならない、ということ。「主の恥は家来の恥、家来の罪は主の罪」(講・赤穂四十七士伝)ともいう。(講談・寛永三馬術、磯貝十郎左衛門、忠僕直助、笹野名槍伝、相馬大作、赤穂四十七士伝、西郷南洲、安中草三郎)
君は船なり臣は水なり、水能く船を浮かべまた能く船を覆す(きみはふねなりしんはみずなり、みずよくふねをうかべまたよくふねをくつがえす):【意味】殿様と家来の関係は船と水のようなもので、殿様が名君とうたわれるも欲に溺れて自滅するも、側についている家来の了見次第でどうにでもなってしまうものだ、ということ。(講談・妲妃のお百)
君召せば駕を待たずして行く(きみめせばがをまたずしてゆく):【意味】主君から呼び出されれば、差し向けられた駕籠を待つ間でもなく、自分から駆けつけるという家来の忠節ぶりをいう。「論語」にある表現。(落語・そばの殿さま)
宮女三千ことごとく西施のひそみに倣った(きゅうじょさんぜんことごとくせいしのひそみにならった):【意味】西施(春秋時代・越の美女)は、勾銭が呉の夫差に敗れると夫差の元に献上された。夫差はこの美女の色香に迷って国を傾けた。この西施が心臓の病のため、辛そうな表情をする(眉をひそめる)と、それを美しいと思った呉の宮中の女たちはみなそのマネをした。ここからむやみに人まねをすることを「ひそみに倣う」という。(落語・姫かたり)
九仭の功を一簣に欠く(きゅうじんのこうをいっきにかく):【意味】「九仭」は「とても高い」こと(仭は中国の高さの単位)。九仭の山を築くためには、最後の一杯のもっこの土を欠いても完成しない。九割九分完成した大きな仕事が、最後のわずかな油断のためにすべてだいなしになること。仕事や勝負事で、最後の最後まで気を緩めるなという戒めに引用される。「千仭」という用例もあるが本来は「九仭」。(講談・天保六花撰、吉良屋敷替え)(参照)→九十九事成って百事に満たず、川口で船破る、港口で船破る
窮すれば通ず(きゅうすればつうず):【意味】物事が行き詰まり、いよいよ困り果てると、かえってなにかひょんなきっかけで活路が見出されるものである、という諺。(講談・安政三組盃、北斎と文晁)
窮鼠却って猫を噛む、高梁強くしてその家を倒す(きゅうそかえってねこをかむ、こうりょうつよくしてそのいえをたおす):【意味】追い詰められた鼠が反撃して猫にも噛みつくように、絶体絶命の状態に追い込まれた者が開き直って強い者を倒すということもある、ということ。後半は→「高梁(うつばり)強くて家を倒す」に同じ。ここでは対句になって、権力者が弱い者を甘く見て強引な手法を取ると、手痛い目に合うという意味。(講談・笹野名槍伝、太閤記、夕立勘五郎、国定忠治、難波戦記)
窮鳥懐に入るときは猟師(職)もこれを殺さず(打たず・獲らず)(きゅうちょうふところにいるときはりょうしもこれをとらず):【意味】困り果てて自分を頼ってきた者には、残酷な仕打ちはできない、それが人間というものだろうという例え。(講談・寛永三馬術、幡随院長兵衛、笹野名槍伝、猿飛佐助、岩見重太郎、本所五人男)
牛刀を以て鶏を裂く(ぎゅうとうをもってにわとりをさく):【意味】牛を切るための大きな庖丁で、鶏をさばくこと。わずかな敵を退治するためにわざわざ強大な軍勢で向かうこと。兵力の無駄遣い。(講談・幡随院長兵衛)
久離切っての勘当(きゅうりきってのかんどう):【意味】迷惑を掛けられないよう、人別帳から外し、親族としての縁を永久に切ることをいう。元々欠落者(かけおちもの)のことだったが、落語では大抵商家の主人が同居する道楽息子を叩き出すために申し渡す。(講談・安政三組盃、落語・唐茄子屋、腕食い、山崎屋、船徳)
狂人狂って不狂人共に狂う(きょうじんくるってふきょうじんともにくるう):【意味】人間は影響されやすく、頭のおかしい者にまともな者が感化されてしまうということもある、という意味。善悪を問わずに使う。(講談・清水次郎長)
京のお茶漬、高松のあつかん(きょうのおちゃづけ、たかまつのあつかん):【意味】京都では帰りかける来客に対して「何もないが茶漬を食べていけ」という心にもない愛想をいい(「なんなら食べていけ」というのでこれを「なんなら茶漬」という)、高松ではお客に対して「おかまいしません」という意味で「あつかわん」と言うが、これを「熱燗」と聞き間違えて、お酒を振る舞ってくれるものと勘違いする人がいるということ。(落語・京の茶漬)
京の着倒れ、大阪(坂)の食い倒れ(きょうのきだおれ、おおさかのくいだおれ):【意味】京都の人は服飾に、大阪の人は飲食にお金をかけるということ。近隣の町でも気質が対照的であることの例え。(講談・杉野十平次、落語・唐茄子屋)
凶は吉に返る(きょうはきちにかえる):【意味】不運の後には必ず幸運が巡って来るものだから、長い目で見れば凶兆が必ずしも悲観材料とは言えない、というオプティミズムに支えられた言葉。(落語・かつぎや)
今日は人の身明日は我が身(きょうはひとのみあすはわがみ):【意味】世の中は分からない。他人事だと思っていた出来事が、すぐに自分の身に降りかかってくる。用心にこしたことはない、という教訓。(講談・難波戦記冬合戦)
喬木は風に折らる(きょうぼくはかぜにおらる):【意味】高く伸びた木は風を受けて折れやすい。なまじ才能をあらわすとねたみを受けて潰される。→「出る杭は打たれる」ということ。「高木は風に揉まれる」とも。(講談・笹野名槍伝、寛永御前試合、西郷南洲、加賀騒動)
綺羅星の如く(きらほしのごとく):【意味】姿形の美しい(着飾った)者、名の高い者が麗々しく見える様子をこのように形容する。(講談・村越茂助)
義理と褌は欠くことができない(ぎりとふんどしはかくことができない):【意味】男は他人への義理を欠かしてはならない。それはふんどしを必ずするように絶対必要なものである。(落語・肥瓶)《い》
斬り取り強盗は武士の習い(きりとりごうとうはぶしのならい):【意味】人を斬ってその持ち物を盗むということは、古来武士のよくするところであるから恥ずかしいことではないという恐ろしい諺。ろくでもない浪人者がよく口にするセリフ。(講談・水戸黄門、幡随院長兵衛、笹野名槍伝、落語・高田の馬場、真景累ヶ淵、粟田口)
義理は義理、仇は仇(ぎりはぎり、あだはあだ):【意味】義理ある間柄の人物が実は仇であった、ということが講談ではよくあるが、そうした場合にも筋目を通して、恩義は恩義、仇は仇と厳しく割り切らなければならない、ということ。(講談・国定忠治)(参照)→情は情、仇は仇
義理も人情も儀礼も欠く「三欠くの法」で金を貯める(ぎりもにんじょうもぎれいもかくさんかくのほうでかねをためる):【意味】「義理」「人情」「礼儀」の三つをあえて無視すれば(徹底的に支出を切りつめれば)財産が貯まるという「ケチ」のコツがあり、これを「三欠くの法」という。「義理を欠き、恥をかき、事を欠く」の「三かく」というバージョンもある。(講談・天保六花撰、大岡政談安間小金次、落語・片棒)
(菜の花もとうが立っては蝶も来て止まらず)麒麟も老ゆ(いぬ)れば駑馬に(も)劣る(若かず)(きりんもおいぬればどばにもおとる):【意味】「戦国策」にある言葉。いくら優秀な人でも、老いぼれれば凡人にも及ばなくなるのだから、歳はとりたくないものである。(講談・伊賀の水月、笹野名槍伝、柳生三代、岩見重太郎)
義を金鉄に比する(ぎをきんてつにひする):【意味】義盟を鉄のように固く守ること。(講談・木村長門守)
義を好むは江戸の常(ぎをこのむはえどのつね):【意味】江戸っ子は筋道を立てるということを重んじる、ということ。(講談・寛政力士伝)(参照)→物見高いは江戸の常
奇を好むは人情(人の常)(きをこのむはにんじょう):【意味】平凡なものよりも変わったものを知りたがったり見たがったりする、いわゆる好奇心の働きは万人に共通するものだということ。(講談・梁川庄八、本所五人男、落語・高尾)
義を見てせざるは勇なきなり(ぎをみてせざるはゆうなきなり):【意味】「論語」より。人として、しなければならない当たり前の道を行わないのは、その人に勇気がないということである。(講談・水戸黄門、梁川庄八、寛永三馬術、俵星玄蕃、笹野名槍伝、柳生三代、勤王芸者、岩見重太郎、山中鹿之助)
槿花一朝の栄、廬生が邯鄲一睡の夢(きんかいっちょうのえい、ろせいがかんたんいっすいのゆめ):ともに中国古典からきた故事で、栄枯盛衰のはかない例え。(講談・木村長門守)
禽獣といえど道あって理なきにあらず(きんじゅうといえどみちあってりなきにあらず):口を利けない動物でも人間の心を込めて言うことは理解できる、ということ。(落語・塩原多助一代記)
金打(きんちょう):【意味】侍が約束を守るという誓いのしるしに刀の刃同士、鍔同士を打ち合わせること。小柄の刃で刀の刃を叩くこともある。(落語・高田の馬場、二段目、真景累ヶ淵、牡丹燈籠)
近所合壁(きんじょがっぺき):【意味】「合壁」は壁一枚隔てた隣家。隣近所のこと。(講談・赤穂四十七士伝、落語・茶釜の喧嘩)
編:松井高志・2004-
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