2005/04/29

[し]で始まる語句・ことわざ

思案煙草しあんたばこ):【意味】困ったときはじたばたせず、煙草でも一服吸いつけていると良い知恵が浮かぶ、ということ。(落語・夏の医者:「思案煙草ちゅうことがあるで、お前、火打ち道具を持ってないかい。ちょっと火ィきり出してくれ」)

思案投げ首しあんなげくび):【意味】悩み考えることがあって思案の果てに、首をかしげてしまうこと。(講談・鎌倉星月夜:「どうしたもんであろうかと思案投げ首」、落語・河村瑞賢)

塩断ち茶断ちしおだちちゃだち):【意味】神仏に願掛けをし、一定期間塩分のある物を食べなかったり、茶を飲まないでいること。(講談・櫓銀杏:「そればつかりが妾の願ひ、關取、妾や鹽斷ち茶斷ちして、お前さんの出世を祈つてをりますよ」、落語・お茶汲み)

塩焼きにしようが刺身に作ろうがしおやきにしようがさしみにつくろうが):【意味】「煮て食おうが焼いて食おうが」の強調表現。(講談・本所五人男:「貴公の思召し次第に願ふと云つたぢやア無えか此上は鹽焼にして食はうが刺身に作ろうが勝手次第だ」)

死骸は積んで山の如く、血は流れて川をなすしがいはつんでやまのごとく、ちはながれてかわをなす):【意味】大激戦が行われた後の凄惨な戦場のありさまを描写する際のきまり文句。「血は混々として泉の沸き出ずるが如く」などとも。「太平記」に似た表現(「尸骸は積んで九原の如し」)があり、「血はタク鹿の野を潤し、屍は朝歌に累々たり」というきまり文句が曲亭馬琴の読本には頻発する。(講談・太閤記:「こゝを先途と挑み戰へば、双方死骸は積んで山の如く、血は流れて川を爲す」、三家三勇士、山中鹿之助、誰が袖音吉)

四海みな兄弟しかいみなきょうだい):【意味】天下の人はみな同じ人類、いわば兄弟のようなものであるから、その間に差別や分け隔てがあるはずがない、という主張。(落語・成田小僧:「ねえさん、怒りッこなし怒りッこなし。四海みな兄弟だからね」)

四角八面しかくはちめん):【意味】あらゆる方向。四方八方。(講談・山中鹿之助:「縦横無尽に乗り廻り、四角八面に暴れ廻つた」)

鹿を逐う猟師山を見ずしかをおうりょうしやまをみず):【意味】一つのことに熱中するあまり、大局を見ない様子。目先の利得や欲望に走ると道義を見失う、ということでもある。(講談・金田屋お蘭、清水次郎長、笹野名槍伝:「それから先は山から山と、鹿を追ふ獵師山を見ずの比喩」、落語・宿屋仇)(参照)→山に入る者は山を見ず《い》

四貫相場に米八斗しかんそうばにこめはっと):【意味】江戸時代の物価の水準を示す言葉。そのころは物が安かった、ということ。四貫(一貫は銭千文のこと=実際は九六○文)で米が八斗買えた。(講談・茶碗屋敷、落語・宿屋の富:「江戸時代には、四貫相場に米八斗といって…。え? 四貫というと四十銭、四十銭で米が八斗買えたんで……いま聞くと、はッと思うくらいですねェ」)

閾が鴨居になるしきいがかもいになる):【意味】「敷居が高くなる」つまり不義理をしたため、ある場所に出入りしにくくなってしまうこと。(講談・夕立勘五郎、落語・三軒長屋、文七元結:「こう……ごぶさたしちまうッてえと、敷居が鴨居になっちまいやがって……」、雁捕り)

色欲両道に抜目ないしきよくりょうどうにぬけめない):【意味】「色と欲との二筋道」というが、色欲も金銭欲も共にぬかりなく満たそうというえげつないやり口をいう。(講談・音羽丹七:「却々色慾両道に抜目のない惡漢で、此奴が豫ておとわに戀着して居りますから」)

四苦八苦の苦しみしくはっくのくるしみ):【意味】生・病・老・死の四つと、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五陰盛苦のこと。人生におけるあらゆる苦しみをさす。(落語・地獄八景:「怖ろしいもんでんな。苦しいもんでっせ。そらも、四苦八苦の苦しみでナ……」)

茂りやすい楊柳は秋の初風に堪えられぬしげりやすいようりゅうはあきのしょふうにたえられぬ):【意味】才子は往々にして多病である、佳人薄命であるということ。(講談・玉菊燈籠:「茂り易い楊柳は秋の初風に堪へられぬたとへ、彌左衛門はふとした風邪で寝たのが因となり、だんだんと重い病氣と變つて」)(参照)→美人薄命才子多病

地獄で仏じごくでほとけ):【意味】正しくは「地獄で仏に逢う」。危ないところ、困り果てたところに救いの手がさしのべられることをいう。(講談・水戸黄門、清水次郎長、梁川庄八、太閤記、いかけ屋松、鼠小僧次郎吉、相馬大作、岩見重太郎、妲妃のお百、越後伝吉、小間物屋四郎兵衛、曾我物語・敷皮、落語・鰍沢:「あァ、ありがたい、ほォ…“地獄で仏”ッてぇのは、これでございますね」、蒟蒻問答)

地獄の沙汰も金次第じごくのさたもかねしだい):【意味】地獄の法廷においても、金さえ積めば有利な裁定が下されるのだ、ということ。ましてこの世の中のことは全て金で左右されるのである、という諺。(講談・大久保彦左衛門、木村長門守、天保六花撰、渋川伴五郎、野狐三次、越後伝吉、関東七人男、緑林五漢録、落語・竈幽霊、朝友:「地獄の沙汰も金次第、些とは持つて居るか」、地獄八景、木火土金水)《い》

しし食ったむくいはおそろしいししくったむくいはおそろしい):【意味】猪の肉を食うというのは滋養に良いといわれた。一方で猪や鹿は神をはばかるものであった。そこから、美食するとバチが当たる、ということをさす。快楽(概ね悪事のこと)を追い求めると、必ずツケを払わねばならないという意味。(落語・猪買い:「やッはは、やめとこ、猪食たむくいは恐ろしい、いうさかいなァ」)

獅子身中の虫しししんちゅうのむし):【意味】獅子の体内に寄生して、最後には獅子を死に至らしめる虫のこと。恩を受けていながら、内部にいて所属する組織や主家などに害をなす悪者のことをいう。余談ながら、宝塚歌劇の「ベルサイユのばら」にこの言葉が出てくる。あんたら本当にフランス人かよ。(講談・猿飛佐助:「三代相恩の当家を捨て、他国へ奔る獅子身中の虫」、由井正雪、三家三勇士、寛永御前試合、難波戦記冬合戦)(参照)→其の木に棲んで其の木を枯らす

磁石よく鉄を吸い、悪は悪の友を呼ぶじしゃくよくてつをすい、あくはあくのともをよぶ):【意味】磁石が鉄を吸い寄せるように、悪人は悪人を自然に引きつけ、仲間とするのである。(参照)→同気相求め、同病相憐れむ類は友を呼ぶ(講談・おこよ源三郎:「磁石よく鐵を吸ひ、惡は惡の友を呼ぶ、是同氣相求むるの謂成んか」)

四十九日の間は魂家の棟を去らぬしじゅうくにちのあいだはたましいやのむねをさらぬ):【意味】「四十九日は屋の棟に魂魄とどまる」とも。人の死後四十九日の間は、前生までの報いが定まって次の生に生まれ変わるまでの期間であり、死者の魂はまだ迷っていて、自らの家の棟(屋根の最上部の水平部分をいう)に留まって去らないのである。(講談・荒木又右衛門、祐天吉松、落語・お見立て、樟脳玉:「四十九日は屋の棟に魂がいますと申します。その魂がゆうべ出ましたよ」、松枝宿の子殺し)

四十五十にして聞えざれば、これまた畏るるに足らざるなりしじゅうごじゅうにしてきこえざれば、これまたおそるるにたらざるなり):【意味】「論語」より。四十、五十歳になるまでに名を成せない者は、大した者ではない、ということ。(講談・磯貝十郎左衛門:「四十五十にして、世の中に聞えざる者は畏るるに足らぬと孔子も申しております」)

四十にて四谷を見たり花の春しじゅうにてよつやをみたりはなのはる):【意味】川柳。かつての江戸の町の範囲は、現在の東京よりもかなり狭く限定されており、中年期まで当時は場末であった四谷を訪れたことがないという人も決して珍しくはなかった。(講談・和久半太夫:「少し場末へ來ると實に淋しいもので、前にも申し上げましたが『四十にて、四谷を見たり花の春』」)

四十二の二つ子は育たないしじゅうにのふたつごはそだたない):【意味】父親が四十一歳のときに生まれた子(親が四十二のとき二つになる子)は育たないという迷信があり、わざわざ一旦往来へ捨てたのであるという。(講談・天一坊:「昔は四十二の二つ子といふものは育たないといふので、態々往來へ捨てたものださうです」)

四十を越して親のあるのは幸運しじゅうをこしておやのあるのはこううん):【意味】高齢化した現代の日本の社会では、四十どころか六十を越して親があっても当たり前だが、江戸時代では四十で親が存生しているというのは、親が長寿であるというありがたいことであった。(講談・原惣右衛門:「原様、人は四十を越して親のあるのは、この上もない好運だと申します」)

地震雷火事親父じしんかみなりかじおやじ):【意味】怖い物の「四天王」。(落語・太田道灌:「私(わっち)の方なア、地震、雷、火事、親父。此は怖いものの四天王さ」)

死すべき時に死なざれば却って恥多ししすべきときにしなざればかえってはじおおし):【意味】人間、特に武士というのは何よりも往生際が肝心であるということ。卑怯未練は汚名を千載に残すのである。(講談・太閤記:「否々帯刀、汝の言葉もさる事ながら、死すべき時に死なざれば、却つて恥多しとは古人の金言」)(参照)→人死する時に死せざれば、死に勝る恥あり武士は死におくれざるが花

死すも生きるも時の運しすもいきるもときのうん):【意味】戦場に出たら人の生死は知恵や工夫の及ぶところでなく、もはや天運に任せる他はない。そう思って怯まずに突き進むべきである、ということ。(講談・太閤記:「死すも生きるも時の運、武士は名をこそ惜しめ。いざ」)(類義)→死生命あり、富貴天にあり

至誠天に通ずしせいてんにつうず):【意味】誠を貫き通す姿勢というのは、たとえ態度や言葉に表われず、他人には理解されなくても、天は必ず見守って認めてくれているものだ、という意味の金言。誤解されたり、無実の罪に落ちた人物などがよく口にする。(講談・赤穂四十七士伝:「何しても之れは殿の御意に召さないのは未だ忠義が足りないのだ至誠天に通ずとやら己れに誠心があれば決して主君の御意に入らぬ筈はない」)

死生命あり、富貴天にありしせいめいあり、ふうきてんにあり):【意味】「論語」より。生きるも死ぬも、天命で決まったことだから人の力ではどうにもならない。また、富を得られるかどうかも運次第である、ということ。後半に続けて「牡丹餅は棚にあり」ともいう。(講談・寛永三馬術、落語・そばの殿さま:「死生命あり富貴天にあり、このそばをもって一命を捨てるもやはり忠死の一人でござろうがな」、ちきり伊勢屋、真景累ヶ淵)(参照)→死すも生きるも時の運

死せし子の年を数うるしせしこのとしをかぞえる):【意味】「死んだ子の年を数える」と同じ。後悔しても役に立たないこと、今更言っても帰らないこと、の例え。(講談・木村岡右衛門:「いまさらかれこれ批判いたすは、死せし子の年を数うるに等しき愚なること」)

地蔵の顔も三度じぞうのかおもさんど):【意味】「仏の顔も三度」ともいう。いくら地蔵菩薩のようなおとなしい人でも、たびたびひどい仕打ちを繰り返されると最後には怒る、ということ。(講談・幡随院長兵衛、音羽丹七、左甚五郎:「いくら坊主だって地蔵の顔も三度ってえことがある」、落語・しめこみ)

舌三寸咽喉三寸したさんずんのどさんずん):【意味】どんなに美味い物を食べても、舌・咽喉合わせて六寸の間しか楽しめないということ。美食を皮肉っていう。(落語・三十石:「昔からどんな美味えものを食っても『舌三寸咽喉三寸』という、六寸しか楽しめねえものを、おめえは幸せ者だ」)(参照)→のど三寸舌三寸

親しき(近しき)仲にも礼儀ありしたしきなかにもれいぎあり):【意味】あまりにも親しすぎてけじめがないのは、かえって不和の元であるから、親密な間柄の中でも礼儀はきちんと守らねばならない、という諺。(講談・木村岡右衛門、落語・牛ほめ:「おまえは他人の家を出し抜けに黙って開けるそうだが、そりゃあよくない。近しき仲にも礼儀あり」、山崎屋、二十四孝、近眼の煮売屋、馬の田楽、山崎屋、三夫婦)

下地は好きなり御意はよししたじはすきなりぎょいはよし):【意味】元々好きなところへ、相手から好意的に勧められること。たとえば上戸が酒を勧められたりするシーンに使われる。(講談・寛永三馬術、岩見重太郎:「重太郎は、下地は好きなり御意はよし、よもやまの話しをしながら、愉快に盃のかずを重ねておりました」、旗本五人男、祐天吉松、慶安太平記、百猫伝)

下っ腹に毛のない女したっぱらにけのないおんな):【意味】経験豊富で海千山千という感じのすれた女のこと。往々にして外見とは裏腹な場合があるので男にしてみれば油断できない。古狸が長年腹鼓を打ったため腹の毛が抜ける、あるいは狼が自分の腹の毛を喰うというところに由来?(落語・転宅:「なかなか人間が摺れていて、下ッ腹に毛のない女だけに、その泥棒を色じかけにしたそうだが」、羽衣、札所の霊験)

したみ同様な酒したみどうようなさけ):【意味】「したみ」とは、漏斗や升、杯からしたたる余りの酒。(落語・藁人形:「私等が宅で平常飲みますのはしたみ同様な酒で、頭へ上がりますが」、二十四孝、和歌三神)

七尺退がって師の影を踏まずしちしゃくさがってしのかげをふまず):【意味】「童子教」より。弟子が師について行く時には、七尺距離を置いて、師の影を踏まないようにしなさい、先生は尊敬しなさい、という教え。(講談・三家三勇士、夕立勘五郎、倉橋伝助:「七尺退って師の影をふまずというほど自分を尊んでもいないのに」、大石内蔵之助、落語・刀屋)

七尺の屏風は躍るともよも踰えじ、羅綾の袖は引けばなどか截(ちぎ)れざらんしちしゃくのびょうぶはおどるともよもこえじ、らりょうのそではひけばなどかちぎれざらん):【意味】「史記」より。荊軻が秦の始皇帝を襲い、刺し殺そうとした時、始皇帝は最愛の后の琴をもう一度聞くだけの猶予を請うた。花陽夫人が琴で「七尺の屏風は高くとも、躍らばなどか越えざらん……」と弾き、始皇帝に逃げる方法を教えた。これに材を採った箏曲がある。大石内蔵助は東下りに先立って、愛妾おかるにこの曲を弾かせるのである。(講談・大石内蔵助:「傍らの琴引寄せて、七尺の屏風は躍るともよも踰えじ羅稜の袂は引けばなどか截れざらんと彈ずる琴の音色」)

死地に入って生を得るしちにはいってせいをえる):【意味】あえて絶体絶命の状況(敵中)へ飛び込んでいって、生き延びる道を見出すこと。(講談・木村岡右衛門:「ウンそうだ、死地に入って生を得るとはこの事、宮原の親類で目附を勤めおる間瀬久太夫の所へまいって手疵に治療をいたそう」)

七人の子はなしても女に心許すなしちにんのこはなしてもおんなにこころゆるすな):【意味】たとえ七人の子供を作った間柄でも、女というものは腹で何をたくらんでいるか分からないので、くれぐれも油断して気を許してはいけない、という戒め。「~肌(身)を許すな」とも言うが同じ意味。(講談・おこよ源三郎、祐天吉松:「アゝ、七人の子はなすとも女に心許すなといふのはこれだ」、越後伝吉、百猫伝、落語・骨違い、しめこみ)

七年目七年目が浮き沈みの境目しちねんめしちねんめがうきしずみのさかいめ):【意味】人生というのは、七年ごとに節目が来て、幸福と不幸が循環するようになっている、という諺。だから幸福な人は慢心してはいけないし、不幸な人は絶望してはならないのである。(講談・正直車夫:「おっかあ、どうも不景気だなあ、ええ、年寄りの話にゃあ、七年目七年目が浮き沈みの境い目だてえことを聞いてるが」)

七里けっぱい鼻つまみしちりけっぱいはなつまみ):【意味】「七里けっぱい」は「七里結界」に由来する。ある人・物を忌み嫌い、近づけないこと。(講談・笹野名槍伝:「されば大阪市中の者は七里けっぱい鼻摘み、厄病神のやうにして居ります」)

尻腰の立つしっこしのたつ):【意味】「しりこしのたつ」の促音便。「腰の立つ」の強調表現。威勢がいい、覇気がある、度胸があるということ。反対表現は「~のない」。ただし「足腰」と表記している速記もある。(講談・本所五人男、落語・蔵前駕籠:「おめンとこの若え衆にだって、尻腰の立つのァいるんだろう」、お化け長屋、胴取り)

紫電一閃しでんいっせん):【意味】よく研がれた刀を鋭く一振りするときの、刀身のひらめきの形容。(講談・由井正雪:「暗にも光る紫電一閃、サツと切込んで來る様子」)

地頭のない所は、書いたものが口を利くじとうのないところは、かいたものがくちをきく):【意味】仮に統治者がいないような場合、何よりもかねて取り交わした証文が契約について動かぬ証拠であり、現在有効なのである、ということ。借金や身売りの証文の絶対性を主張する悪玉などが口にする言葉。(講談・梅ヶ枝仙之助、落語・お若伊之助:「書いた者が口を利くと云ふが、乃公書いた者は当てに仕無いが」、五光)

死人に口なししにんにくちなし):【意味】死人を証人に立てることは不可能である。また、死人は罪を負わされても抗弁できない、ということ。(講談・伊達誠忠録:「相果てし後は死人に口なし、甚だ困難であるな」、笹野名槍伝、由井正雪、相馬大作、加賀騒動、小間物屋四郎兵衛、落語・皿屋)

死ぬ者の喉を乾かすしぬものののどをかわかす):【意味】死に水を取る(唇を濡らしてやる)どころか、逆に乾かしてしまうような無情で残酷なやり方のことをいう。死人に鞭打つというか、首つりの足を引っ張るというか、そういう意味である。(落語・梅若礼三郎:「死ぬ者の喉をかわかせるというのはあの人のことでございます」)(参照)→首くくりの足を引っ張る

死ぬもの貧乏しぬものびんぼう):【意味】生きてさえいれば、いろいろといい目に遭えたかもしれないが、死んだ者は貧乏くじを引いたも同然で、いちばん損である、という言い回し。(講談・勝田新左衛門、祐天吉松、関東七人男、小間物屋四郎兵衛、落語・お茶汲み:「だんだん考えてみると、死んだ人はもう帰って来ない。“死ぬ者貧乏”で、いくら苦労ばかりしてたって仕様がないから」、三年目)

師の恩は須弥よりも高く蒼海よりも深ししのおんはしゅみよりもたかくうみよりもふかし):【意味】先生から受けた恩の大きさ、尊さを賛美するきまり文句。「山より高く、海より深い」のだが、そこへ更に「須弥山(しゅみせん)=仏教でいう世界の中心の高峰」と「蒼海」という派手な修飾を加えたもの。(講談・三家三勇士:「師の恩は須彌よりも高く、蒼海(うみ)よりも深し。いかにもして師の恥辱を雪がんと、命を賭してのお身の通し矢」)

師の影は七尺下がって踏まずしのかげはしちしゃくさがってふまず):【意味】(参照)→七尺退がって師の影を踏まずに同じ。(講談・伊賀の水月:「師の影は七尺去って踏まずという、それを何ぞや、師匠へ白刃をもって斬りつけるとは」、倉橋伝助)

鎬を削り鍔を割り必死の働きしのぎをけずりつばをわりひっしのはたらき):【意味】刀の刀身にある背から刃への境界を「鎬」という。ここが互いに削れんばかりにこすれ合うことを「鎬を削る」といい、また、刀の柄と刀身との間にある鉄板を「鍔」といい、これが割れるほどの激しい戦い、斬り合いをすることをいう。(講談・勝田新左衛門:「それも其の筈、血を分けた父が、吉良の屋敷へ乗り込んで、鎬を削り、鍔を割り、必死の働きをする晩でございますから、親身の寝苦しいのは當然でございます」、赤穂四十七士伝)

芝居蒟蒻芋蛸南瓜しばいこんにゃくいもたこなんきん):【意味】一般に女の好きな物。男の道楽より安上がりにできている。さもなければ家計が破綻してしまう。(落語・親子茶屋、狸の賽:「女の好きなもんはちゅうたら、芝居、こんにゃく、いも、タコ、南瓜、とこない言うた、こらみな安い」)(参照)→唐茄子のきらいな女房家がもめ

死は一旦にして得易く、生は万代に得難ししはいったんにしてえやすく、しょうはばんだいにえがたし):【意味】人間死のうと思えばあっという間に死ねる(死の苦しみは一瞬である)が、生きるというのは簡単でないのだから、安易に自ら命を断つというのは愚かなことである、よく考え直せという言葉。過ちをおかしたことを悔いて自殺しようとする人物を止める時などによく使われる。(講談・三家三勇士、赤穂四十七士伝、吉良屋敷替え:「ともかく当方より沙汰いたすまで、切腹は慎しめよ。死は一旦にして易く生は難きもの」、西郷南洲:前後句逆、安宅勧進帳、落語・吉野狐)(参照)→死は易く生は難い

(武)士は己を知る人のために命を捨てるしはおのれをしるもののためにいのちをすてる):【意味】史記「刺客列伝」に見られる古いことわざ。晋の予譲の「士は己を知る者の為に死し、女は己を悦ぶ者の為にかたちづくる」というセリフから。侍は自分の才能を買ってくれた人物に命を投げ出して尽くすものだ、ということ。(講談・赤穂義士本伝、小林平八郎:「士は己れを知る者のために死す。イザ討入りというその時は、命を的の真剣勝負、十分手並を見せた上、いさぎよく討死せんものと覚悟を決めて、吉良方の附人となりました」、加賀騒動)

駟馬の舌は今更及ばないしばのしたはいまさらおよばない):【意味】一旦口にしたことは、馬で追いかけても取り返しがつかない、ということ。発言には責任が伴うという意味。(類義)→綸言汗の如しとセットで使われる。(講談・梁川庄八:「あんまり頼み方が早過ぎたと思つたが、駟馬の舌は今更及ばない」)

(ぬる)は易く生(きる)(得)難いしはやすくせいはかたい)(講・太閤記:「死ぬるは易く生きるは難い。五右衛門は井戸の中へ這入り、首だけ出して隠れてゐました」、西郷南洲):【意味】→(参照)死は一旦にして易く、生は万代にして得難しに同じ。(落語・品川心中、松引き)(参照)→生は難く死は易し

慈悲の目に憎しと思う人はなし罪ある身こそなお不憫なれじひのめににくしとおもうひとはなしつみあるひみこそなおふびんなれ):【意味】(参照)→「罪を憎みて人を憎まず」という意味の道歌。(講談・夕立勘五郎:「イヤお前は剛いもんだ、慈悲の目に憎しと思ふ人はなし罪ある身こそ尚不便なれ、私は實にお前には感心した」)

四百四病の外としてあるのが恋煩いしひゃくしびょうのそととしてあるのがこいわずらい):【意味】恋の病は人のかかるあらゆる病気の外に分類されている(から医術の及ぶところではない)ということ。(落語・雪とん:「所で昔から四百四病の外としてありますのが恋病、今ではトンと此の恋煩などする者はございません」)

四百四病の病より貧ほど辛いものはないしひゃくしびょうのやまいよりひんほどつらいものはない):【意味】貧乏というのは何よりも辛いものだ、という教えの強調表現。(講談・寛永三馬術:「假令自分は元どうあらうとも、下世話に申す四百四病の病より、貧程辛いものはない」、落語・万病円)

渋皮の剥けたしぶかわのむけた):【意味】物事に馴れて垢抜けしている、経験を積んで洗練されている、という形容。(落語・三十石:「渋皮の剥けた女がいるところじゃァ、ここで昼食を使おうッてやがら……」、算段の平兵衛、不動坊火焔)

自分の頭の蝿も追えないくせにじぶんのあたまのはえもおえないくせに):【意味】自分の身の始末も自分でつけられない(自立するだけの稼ぎがない)くせに(偉そうな口を利くな)、ということ。(落語・らくだ:「あたくしなんぞもおふくろによくいわれるんで、へえ、自分の頭の蝿も追えねえくせに、他人の世話どころじゃないッ、なんて」、唐茄子屋)

自分のうちにいたものは三日飼った猫でもかわいいじぶんのうちにいたものはみっかかったねこでもかわいい):【意味】自分が短期間でも面倒を見た者には多少なりとも情が移るものだ、だから困っていたら助けてやりたいのが自然な人情であろう、という諺。(講談・清水次郎長:「自分のうちにおりました者は、あなたの前だが、三日飼った猫でも可愛いものでございます」)(参照)→三日でも自分のうちに飼っておいたものは猫の子でもかわいい

(大地を三尺)地べたを掘っても三文の銭は出ないじべたをほってもさんもんのぜにはでない):【意味】たとえたった三文の銭でも、地面を掘って出てくるわけではないから軽んじてはいけない、という教訓。(講談・国定忠治、落語・鼠穴:「しかし、地びたァ掘っても三文の銭ァ出ねえちいたとえがある、これであきねえぶてねえことねえ」、真田小僧)

四方に使いして君命を恥ずかしめずしほう:よも:につかいしてくんめいをはずかしめず):【意味】「論語」より。「士」の条件として、孔子が述べたもの。諸国に使者として赴き、国と主君の誇りを守り抜く人物のことだ、ということ。(講談・木村長門守:「四方に使して君命を恥かしめずとは、實に此人の事で御座います」、岩見重太郎)

四民の源上に立ち、三民の上席を穢すしみんのみなかみにたち、さんみんのじょうせきをけがす):【意味】「士農工商」のトップに立つ武士階級のプライドを表す言葉。(落語・妾馬:「士農工商という、四民のみなかみに立ち、三民の上席を汚すなんという、たいへんやかましいことをいいまして」)(参照)→侍は人の鑑

占子の兎しめこのうさぎ):【意味】「しめたな」「うまくやったぜ」という時に口走る語呂合わせ。由来は不詳。(落語・浮世床、粟田口:「六百だよォ、ねえ駕籠賃が。それィ二分くれるんてんだ――いい客だねェ。『こいつァしめこの兎』と飛上って俺は」)

下より上に通ずる噂の種しもよりかみにつうじるうわさのたね):【意味】民衆の間に流れた噂が、次第に評判を呼んで広がった結果、権力者の耳にまで届くこと。権力を握った悪人を揺さぶるために、旅人に身をやつした善玉がわざと流言飛語を流したりする場合に使う。(講談・両越大評定:「下より上に通ずる噂の種、お側にはべる佞奸の輩、傲岸不遜の忠直公へ對して、この事を申し上げる」)

洒蛙つくしゃあつく):【意味】厚かましく、恥知らずな行いを罵ってこういう。「鉄面皮な」で「しゃあつくな」と読ませる。(講談・赤穂四十七士伝、落語・三枚起請:「幾らアンナ洒蛙つくでもマゴマゴするだろう(「三枚起請」)

釈迦といふ悪戯者が世に出でて多くの者を惑わするなりしゃかといういたずらものがよにいでておおくのものをまどわするなり):【意味】一休禅師の道歌であるという。釈迦という聖人が現われたことで、以後多くの凡夫が迷い悩むことになった。罪作りなことである。が、もし釈迦がいなければ凡夫は悩みそのものを自覚せず、ただ蒙昧なままであったろう、という意味。(落語・万金丹:「お互に此処へ来て斯うやつてるのも阿弥陀様の御利益だ。なア釈迦といふ悪戯者が世に出でて、多くの人を迷はするなりだ」、真景累ヶ淵)

釈迦に説法(、百も承知二百も合点)(しゃかにせっぽう):【意味】「釈迦に経」ともいう。あることを知り尽くしている人にわざわざ教えること。またはいらぬ差し出口。(講談・猿飛佐助:「ハッハハハハ、左様なことは釈迦に説法」、柳生三代、明智三羽烏、落語・花瓶、よかちょろ)

弱よく剛を制すじゃくよくごうをせいす):【意味】おだやかでものやわらかな人物が、見るからに猛々しく強そうな者に勝つということは可能である、ということわざ。柔道に限ったことわざではない。(講談・安政三組盃:「ふと胸に浮んだのは『弱よく強を制す』ということば忽ち雪洞に灯をうつして居間をでて」)

車軸と降る雨しゃじくとふるあめ):【意味】「車軸と降る」とは、雨が車の心棒のような太さで降ること。豪雨の形容。(講談・曾我物語情の紋づくし、祐天吉松:「夕景から降り出しました雨は車軸を流すやうドーツドーツ」、安中草三郎)

借金質に置いても見物に行くしゃっきんしちにおいてもけんぶつにいく):【意味】相撲の好取組などを何が何でも見物に行く、という意志を強調した言い方で、(参照)→朝酒は女房を質に置いても飲むと近似した表現。(講談・幡随院長兵衛:「何しろそりア豪氣だ、借金質に置いても見物に行かなきア居られねえ」)

蛇の道は蛇(が知っている)(じゃのみちはへび):【意味】大蛇の通る道なら、小蛇がいちばんよく知っている、ということ。ある分野の者のことなら、その筋の仲間がもっとも詳しい、という意味の諺。(講談・清水次郎長、俵星玄蕃、三家三勇士、笹川繁蔵、傑僧坦山、安中草三郎、関東七人男、明智三羽烏、八百蔵吉、落語・文違い、王子の幇間、菊江仏壇、猫定、百川:「そりやア蛇の道は蛇だア、銚子をかへやう」、らくだ)

蛇は寸にして其の気(象=きざし)を顕す(人を呑む、虎は生まれながらにして牛を食らう)(じゃはすんにしてそのきをあらわす):【意味】蛇は一寸ほどのうちから人を呑む勢いがある。優れた者は、幼い頃から早くも素質をあらわすものだ、ということ(比喩表現)。(講談・伊達誠忠録、宮本武蔵、両越大評定、太閤記、相馬大作、慶安太平記、寛永御前試合、赤穂四十七士伝、富蔵藤十郎、落語・子ほめ:「蛇は寸にして人を呑む、どうか斯う云うお子さんに肖かりとうございます」)(類義)→栴檀は双葉より芳し

邪は正に勝たず(敵せず)(じゃはせいにかたず):【意味】よこしまな者は、結局正しい者には勝てないということ。(講談・水戸黄門、天一坊、梅ヶ枝仙之助、猿飛佐助、三家三勇士、岩見重太郎、湖水乗切り:「時に天正の十六年六月の十三日、邪は正に勝たずのたとえ、ものゝ見事に、光秀方の敗けいくさとは相成ります」、妲妃のお百)

(人は)沙弥から長老(にはなれねえ)(しゃみからちょうろう):【意味】「沙弥から長老にはなれぬ」の略。仏門に入ったばかりの未熟な僧は、すぐさま高僧知識にはなれない。同様に、どんな道でも何事も順序を経てだんだんに進むのが当たり前、真っ当なやり方で、一気に頂点をめざすことは不可能である、ということ。(講談・三家三勇士、夕立勘五郎:「夫りやア隨分と己れも可愛がらねえ事もねえが沙彌から長老だ、段々に出世をするだらうが、マアマア夫れまでは我慢をして、穏やかにするが宜い」、慶安太平記、明智三羽烏)

主親は無理を言うもの、泣く子と地頭には叶わぬしゅうおやはむりをいうもの、なくことじとうにはかなわぬ):【意味】主人と親は決まってあれこれ無理を言ってくるもの、まただだをこねる子供と権力者の無法は、そのままこちらが折れるより仕方がない。不満があっても絶対服従しなければならないもののことである。(講談・安政三組盃:「さぁ大変なことになった。しかし主親は無理をいうもの」、塚原ト伝)(参照)→泣く子と地頭にはかなわない

十月の小六月じゅうがつのころくがつ):【意味】「小春日和」のこと。陰暦十月の頃の温かな日和をいう。(講談・柳生三代:「俗に十月の小六月と申してポカポカ暖かく、旅行でもするには屈竟な時候」)

十月の中の十日に心なしの者を使うなじゅうがつのなかのとうかにこころなしのものをつかうな):【意味】十月中旬は日が短いから、気の利かない者を雇うと、仕事が片づかないままあっという間に日が暮れてしまい賃金がまる損になるから注意しなければならない、という諺。(講談・後藤半四郎:「やれやれ日の短かひ事だ十月の中の十日に心なしの者を遣ふなとハ能云しものだ」)

十五、六というところが一寸人間の変わりどころじゅうご、ろくというところがちょっとにんげんのかわりどころ):【意味】それまで利発な子供、行く末を楽しみにされていた神童のたぐいが、最初に「魔が差して」堕落し始めるのが十五、六歳である。昔からこの年頃は危ない感じだったのだ。(落語・代脈:「さて男女ともに十五六と云う処が一寸人間の変り時で…」)

十三夜に曇りなしじゅうさんやにくもりなし):【意味】十五夜の月をめでようとしても雲がかかることが多い。これに対し、十三夜は晴れることが多いということ(天気俚諺)。(講談・忠僕直助:「よく人の申す十三夜に曇りなしなどというが、どうも十五夜はいつも雲が邪魔をしていかぬが」)

十字の尻が曲がるじゅうじのしりがまがる):【意味】漢字の「十」が「七」になる、すなわち手元不如意で持ち物を質入れすること。(落語・蚊いくさ:「イエ其の蚊帳が……十字の尻が曲って居るので」)

主と病には勝たれないしゅうとやまいにはかたれない):【意味】人間は、病気と仕える主人の命令というものにはどうしても逆らうことができない、ということ。(講談・幡随院長兵衛、落語・夢の瀬川:「やりますよ、主と病にゃァ勝たれねえ」)

十人寄れば気は十色じゅうにんよればきはといろ):【意味】十人の者が寄り集まれば、好みは一人一人違うので姿も心もまちまちであることが明白になる、ということわざ。「十人寄れば十腹」(落語・高津の富)という表現もある。(落語・酢豆腐:「ェェ、十人十色なんてェことを言いますが、百人が百人、みな、お顔貌が変わっております。それに基いてお気性(きやい)てェものが変わりまして……」、饅頭こわい、狂歌家主、支那そば屋、かつぎ屋ほか多数)(参照)→人ごとに一つの癖はあるものを我には許せ敷島の道

十両盗めば死罪じゅうりょうぬすめばしざい):【意味】江戸時代は十両の金を盗めば死罪になるといわれた。(講談・汐留の蜆売り、落語・転宅:「昔ァこの…十両盗んだだけで首を切(と)られたというんですからねえ」、紺屋高尾)(参照)→どうしてくりょう三分二朱

十六七の後前見ずじゅうろくしちのあとまえみず):【意味】十六、七歳の世間知らずの無分別の勢いで、思い切ったことをしでかす、ということ。男女を問わず使う。(講談・鼠小僧次郎吉:「どういう訳といわずと知れた十六七の後前見ず、無分別の浮気から、思い合った情夫(おとこ)に連れ出され、その情夫のために苦労をして」)

宗論はどちら負けても釈迦の恥しゅうろんはどちらまけてもしゃかのはじ):【意味】仏教の宗派間の論争は、どっちが敗れても結局お釈迦様の恥になるわけで、悪いことは言わないからおやめなさい、という意味の諺。(落語・宗論、法華長屋:「宗論は何方が負けても釈迦の耻……能く我々共が問答の御噺を致しますが」、血脈)

(お)家の不祥(幸)が身の不祥(幸)(しゅ〔う〕かのふしょうがみのふしょう):【意味】大名や旗本の家の不幸(多くの場合改易)が、そのまま仕えていた家臣の不幸につながることをいう。お家の運命に翻弄される侍の宿命。「~身の不幸」とも。「赤穂義士伝」に頻出。(講談・間十次郎、赤垣源蔵、勝田新左衛門、富森助右衛門:「其方(そち)とは縁あつて夫婦に相成つたが、主家の不祥が身の不祥」、小山田庄左衛門、祐天吉松)

樹下石上を宿とするじゅげせきじょうをやどとする):【意味】木の下や石の上に宿泊する、つまり放浪して野宿を繰り返すこと。わざと定住せず山に伏したり野に寝たりして、苦しい旅暮らしを続けること。もっぱら出家して諸国行脚する者、武者修行する武芸者の行動を例えていう。(講談・宮本武蔵熱湯風呂、落語・万金丹:「樹下石上を宿となし、艱難辛苦をなめた坊さんではない」)

儒者太宰相撲雷電武士真田蕎麦に月見に一茶御陀仏じゅしゃだざいすもうらいでんぶしさなだそばにつきみにいっさみだぶつ):【意味】信州名物を歌に詠みこんだもの。「太宰」は太宰春台(一六八○~一七四七)。弥陀仏は善光寺の本尊。(講談・寛政力士伝)(参照)→新潟は後家と南瓜と弥彦山、小千谷縮に牛蒡三条水壬生菜女染め物針扇お寺豆腐に鰻松茸武士鰹大名小路生鰯茶屋紫に火消錦絵、火事に喧嘩に中っ腹大仏に鹿の巻筆奈良晒、春日燈籠町の早起き舟と橋、お城惣嫁に酒蕪、石屋揚屋に問屋植木屋

主従は三世(の縁)(しゅじゅうはさんせ):【意味】(参照)→親子は一世、夫婦は二世、主従は三世を見よ。(講談・片岡源五右衛門、落語・安中草三:「主従は三世の縁だから、親に孝行しようと思うと主人に忠義がつくせない、親はないものだと思って、主人のためなら生命もいらぬぞ忠義ィつくせ」)

主は主たらずとも臣は臣たる(の道を尽くす)道の行いしゅしゅたらずともしんはしんたるみちのおこない):【意味】(同義)→君君たれば臣臣たりを見よ。(講談・梁川庄八、湖水乗切り:「主、主たらずとも臣は臣の道をつくすのが武道の教えと存じ奉ります」)

衆生済度しゅじょうさいど):【意味】御仏・菩薩が衆生(命あるものすべてをいう)を迷いの苦海から救済し、彼岸にわたすこと。人々に悟りを開かしめることをいう。(講談・大名花屋、妲妃のお百:「手前は袈裟や法衣を着やがつて、衆生済度とか人を助けるが出家の役だとか何とかといつてゐやがる」)

出家は人を助ける役しゅっけはひとをたすけるやく):【意味】僧侶は困っている人を救うのが仕事であり、見て見ぬふりをするような者はその風上におけない、ということ。(講談・笹野名槍伝、落語・錦の袈裟:「出家は人を助けるのが役だと申しますことを聞いておりますが」、万金丹、五光)(参照)→人を助けるのは出家の役

十歳未満は法を以て論ぜずじゅっさいみまんはほうをもってろんぜず):【意味】十歳に満たない子供には、法による処罰を適用しない、という慣例。(講談・国定忠治:「イヤ、承知いたしました、十才未満は法を以て論ぜずといふ掟もある」)

術ないじゅつない):【意味】苦しい、せつないこと。(講談・難波戦記:「アゝアー、アゝ術ない」)

十把一束じゅっぱいっそく):【意味】「十把一からげ」にしてしまえるような、さほど価値もないような(まともに相手になる価値もない、くだらない)者のことをいう。「一山いくら」に同じ。(講談・国定忠治:「ヨーシ、藤蔵なんかを叩き斬つた處十把一束の人間だ」)

出藍の誉れしゅつらんのほまれ):【意味】(同義)→青は藍より出でて藍より青いを参照のこと。(講談・天保六花撰:「ところが世の中によくある出藍の誉れというやつで、宗俊が直次郎以上に智恵と胆力がすわっているから」)

朱に交われば赤くなる(、塵も積もれば山となる)(しゅにまじわればあかくなる):【意味】人はつきあう友だちの影響によって、本来の性格がどうあれ、次第次第に善にも悪にもなるという例え。「血に交われば~」とも。(講談・天一坊、新門辰五郎、相馬大作、越後伝吉:「朱に交はれば赤くなる、塵も積れば山となるとか申しまして」、重の井子別れ、本所五人男、落・真景累ヶ淵)(参照)→水は方円の器に従い、人は善悪の友による

主辱めを受ける時は臣死すしゅはずかしめをうけるときはしんしす):【意味】(同義)→君辱めを受ける時は臣死すを参照。(講談・幡随院長兵衛、忠僕直助:「この間旦那さまが、本を読んでお出でなされたのを、裏庭で聞いていた、主恥しめを受ける時は臣死す、と仰しゃった」、加賀騒動、安中草三郎)

主命黙し難ししゅめいもだしがたし):【意味】「君命黙し難し」ともいう。主君の命令であれば、どんな理不尽なことでも、家来としては無視して放っておくわけにはいかない、ということ。(講談・塚原ト伝、三家三勇士:「こういう厳命、双方の張合いになってみると、主命もだし難、こゝで通し矢の技くらべということに相成りました」、天一坊、山中鹿之助、落語・そばの殿さま)

じゅんさいのような青筋じゅんさいのようなあおすじ):【意味】川開きの日に両国橋の上でたがやとトラブルになり、啖呵を切られた気の短い侍がキレる時の形容。こめかみにぴぴっと青筋が走るが、それが「じゅんさい」のようなのである。(講談・小猿七之助、落語・たがや:「馬上のおさむらい、性来かんぺきの人とみえまして、ひたいのところィぴぴッぴッ、じゅんさいのような青筋が出てきました」)

春風秋雨十八年しゅんぷうしゅううじゅうはちねん):【意味】(参照)→桜花咲き誇りたるを見ては春を知り、妻恋う鹿の鳴く音を聞いて秋を知り、春風秋雨夢の間に巡りて早○年・春秋の季節があっという間に流れて十八年の月日がが経過した、ということ。(講談・荒木又右衛門:「曾我十郎、五郎の兄弟が春風秋雨十八年、千辛萬苦の甲斐あつて」)

駿馬癡漢を乗せ(、美人醜夫を伴う)て走るしゅんめちかんをのせてはしる):【意味】癡漢(ちかん)は「愚鈍な男」のこと。俊足の馬が愚鈍な男を乗せて走るように、美女が不釣り合いに醜男と連れ合いになっているという状態(が世の中にはよくあるということ)をいう。(講談・伊達誠忠録:「萬手姫は玉を攫まうと思つて、糞を攫んで了つたと同じ事、駿馬癡漢を乗せて走ると言ふ譬へ」、木村長門守)

順を以て逆を倒すじゅんをもってぎゃくをたおす):【意味】道理にかなった側が道に背いた側を成敗すること。いわば喧嘩を売るときの正当な理由である。(講談・夕立勘五郎:「大庭さんのいふ通り、順を以て逆を倒すに何んの差支へもねえ」)

上意は風のごとく(、駿馬もこれを逐うこと能わず、)綸言汗のごとし、出でて再び復らずじょういはかぜのごとく、しゅんめもこれをおうことあたわず、りんげんあせのごとし、いでてふたたびかえらず):【意味】尊い人の命令というのは一旦出されたら最後、もう出したご本人にすら引っ込みがつかないものである。「駟も舌に及ばず」と「論語」にある。(講談・寛永三馬術:「今更引くに引かれず、能く昔から申します、上意は風の如く綸言汗の如し、出でて再び復らず、斯ういふ高貴な御方の言出したことは後へ引くことが出來ないものでございます(「寛永三馬術」)」)(参照)→綸言汗の如し、ひとたび出でてふたたび帰らず、上意は風の如し、駿馬もこれを逐うこと能わず

鍾馗も鬼も西の海しょうきもおにもにしのうみ):【意味】「正気(しょうき)」のシャレ。敵の目をあざむくため放蕩のあげく、高窓太夫を身請けして山科の家へ入れると宣言する大石内蔵助に、妻おいしは「あなたは正気ですか」と聞く。「正気も正気、鍾馗も鬼も西の海だ」と大石はほざく。これを聞き、とうとうおいしは「ならば離縁してください」と切り出すのである。(講談・忠臣二度目の清書:「酒はさめた、ずんど正気、鍾馗も鬼も西の海、刀にかけて惚れた高窓、嘘はいわぬ大真実」)

昭君胡地に嫁するの嘆きしょうくんこちにかするのなげき):【意味】「昭君」は「王昭君」。前漢・元帝の官女で絶世の美女だったが、元帝の命で匈奴の呼韓邪単于に嫁した。胡地で運命を嘆く詩を作った。いわゆる政略結婚などで意志に背いて縁組させられる女性の悲しみをいう。(講談・金田屋お蘭:「古い譬への昭君胡地に嫁するの歎き、忠義の爲とは言ひながら、お雛は吉良の側室となりまして」)

上根と器用と好きと三つのうち好きこそ物の上手なりけりじょうこんときようとすきとみつのうちすきこそもののじょうずなりけり):【意味】後半の(参照)→「好きこそ物の上手」は耳慣れた表現だが、本来はこういう。「上根」は根気が良いこと(仏教では「才能があること」であるらしい)。粘り強いのと、器用なのと、その道が好きなのとでは、やはり「好き」がもっとも上達に近い。「上根と稽古とすきと三つのうち~」ともいう。(講談・横谷珉貞:「宗眠は氣が狂ひはしないよ。斯う云ふ歌がある 上根と器用と好きと三つの中好きこそ物の上手なりけり」)

正直過ぎると馬鹿のうちしょうじきすぎるとばかのうち):【意味】正直者も度を越せば「馬鹿正直」であり、愚鈍である(ともすれば人につけ込まれる)ということになるから、正直がいつも絶対に良いとは限らない、という諺。(講談・越後伝吉:「アハゝゝゝ妙な事を尋ねるではないか、余り正直過ぎると馬鹿のうちだといふぜ」)

正直の頭に神やどるしょうじきのこうべにかみやどる):【意味】正直者には神様のご加護がある、という諺。(講談・伊賀の水月、鼠小僧次郎吉、越後伝吉、旗本五人男、菅源助、落語・富久、もう半分、永代橋:「それがためにあっしは命が助かってこうして紙入れは元の通り、ちゃんと戻(けえ)ってくるなんてェのは、正直の頭に神宿るとは……はぁ、よう言うたものじゃなァ……」、正直、吉野狐、しめこみ)

正直は人の宝しょうじきはひとのたから):【意味】正直なのは人間の最良の美徳である、という諺。大政に「おまえは馬鹿正直だ」と意見された森の石松が、こう言って反論する。「~この世の宝」とも。(講談・清水次郎長:「手めぇぐれぇ正直な奴はねえと小言を言われようとは思わなかった。正直は人の宝と云わァ、まぬけめ」、落語・稲荷俥)

少々おそまき唐辛子、すまないの次郎丹治直実しょうしょうおそまきとうがらし、すまないのじろうたんじなおざね):【意味】後悔先に立たず、本当にすまんと思う、という意味のシャレ。(落語・雪の瀬川:「それに気がついたというのはもう少々、おそまき唐辛子。お前にはすまないの次郎、丹次直実」=夢の瀬川)

生々世々しょうじょうせぜ):【意味】生まれ変わり死に変わっても未来永劫、ということ。「~この恩は忘れない」というように使う。(講談・清水次郎長、梁川庄八、赤穂四十七士伝:「『若し此儘に御勘免下されば生々世々御恩はわすれません』と疊へ頭を摺つけて詫をいたしますので」、落語・千早ぶる)

小事を忍ばざれば大事成らずしょうじをしのばざればだいじならず):【意味】(参照)→「大行・功(のために)は細瑾を顧みず」と同じ。多少の辛抱をしなければ、大望は果たせないのであるという教え。(講談・由井正雪:「小事を忍ばざれば大事なしということもあるによって、どうか今日のところは勘弁してやってくれ」)

小人閑居して不善をなすしょうじんかんきょしてふぜんをなす):【意味】器の小さい奴が時間をもてあましていると、ろくなことをしでかさないという格言。(講談・鼠小僧次郎吉、本所五人男、落語・氏子中:「エエ、小人閑居して不善をなすとか申しまして、どうも中等より下等社会というものは困ってまいりますとよい考えが出ないもんでげして」、樟脳玉)

小人罪なし玉を抱き(い)て罪あり(後半のみ)(しょうじんつみなしたまをいだきてつみあり):【意味】罪をおかす小人物というのは、何も初めから悪心を抱いているわけではなく、分不相応な金を見たり手にしたりすると、ついふらふらと魔がさして悪の道に走るのである。(講談・天一坊、鼠小僧次郎吉、旗本五人男、祐天吉松、落語・もう半分:「小人罪なし玉を抱いて罪ありと申しまして、酒屋の夫婦は、金を見たので急に悪心を起して、爺の忘れて行つた風呂敷包みを、戸棚の中へ隠しました」)

小人は利のあるところに集まるしょうじんはりのあるところにあつまる):【意味】器量の小さい者(凡人)は、信念があるわけではなく、とかく目先の利益に走るものである。(講談・赤穂義士本伝:「小人は利のある所へ集るとか申すが、結局あれもそういう男であったか」)

上手にも下手にも村の一人医者じょうずにもへたにもむらのひとりいしゃ):【意味】小さな村には一人しか医者がいないものだから、名医だろうがヤブだろうが、その医者に頼るしかないのである。代わりがいないからどうにも仕方がない、の意。(落語・夏の医者:「上手にも下手にも村の一人医者 なんという川柳がありますが……これはもう、こういう処でわずらった病人というものは、まことに哀れなもので……」)

上手の手から水が漏る、弘法にも筆の誤りじょうずのてからみずがもる、こうぼうにもふでのあやまり):【意味】後半(→弘法も筆の誤り)は既出。どんな名手でも失敗することがある。猿も木から落ちる、ということ。(講談・三家三勇士、落語・片袖、双蝶々:「もしひょっとして上手の手から水が洩る、万一仕損じはあるまいかとと、もういても立ってもいられぬ思い」、ぢぐち=地口合せ)(参照)→河童の川流れ百足もころぶ《い》

聳然として天を摩するの大山一日にして成らずしょうぜんとしててんをまするのたいざんいちにちにしてならず):【意味】言い換えれば「ローマは一日にして成らず」。大きな業績は一朝一夕の努力では成し遂げられない、という教え。毎日コツコツ努めなければ大きな成功はない。(講談・浜野矩随:「聳然として天を摩するの泰山、一日にして成らず。名工矩随の陰にはこのような尊い母親の力があったのでございまする」)

(大敵と見て恐れず)小敵と雖も侮らずしょうてきといえどもあなどらず):【意味】戦う相手が少人数だからと言ってなめてかかると痛い目にあうので油断してはならない、という戒めの諺。(講談・国定忠治:「待てよ、侮つてはいけない、小敵と雖も侮らずといふ事がある」)

小児は白き糸のごとく、染めようによってどうにでもなるしょうにはしろきいとのごとく、そめようによってどうにでもなる):【意味】幼い子供というのは白い糸のようなもので、周囲の大人の影響でどのようにでも染まってしまうのである、という比喩的な言い回し。(落語・真田小僧:「小児は白き糸のごとく、染めようによってどうにでもなるという」、双蝶々、安産)

少年老い易し、一日再びあしたなり難ししょうねんおいやすし、いちにちふたたびあしたなりがたし):【意味】月日が経つのは早いので、自分は若い若いと思っているうちにすぐ年老いてしまう。学問の道は簡単には極められないから、時間を惜しんで努力すべきだ、という言葉。(講談・安政三組盃:「こりゃァ学問の力です、少年老い易し、一日再び晨なり難し、なんでも寸陰を惜しんで学問はしなければなりませぬ」)

小の虫を殺して大の虫を生かすしょうのむしをころしてだいのむしをいかす):【意味】大きな目標(集団)のために、小さなもの(個人)を犠牲にすること。(講談・腹切魚:「今申した通り、大の虫を生かして小の虫を殺さねばならんのだ」、本所五人男、幡随院長兵衛)

商売は道に依て賢ししょうばいはみちによってかしこし):【意味】商売人は、自分の仕事についてなら誰よりも詳しく知り抜いている。専門家は自分の得意分野にはよく通じているものだ、という諺。(落語・御盆:「商売は道に依て賢しと能く言ひ伝へます」)

商売身敵しょうばいみがたき):【意味】同業者は助け合う間柄であるが、同時に火花を散らしあうライバルでもある、という意味の諺。(講談・玉菊燈籠:「其の仕事の一條から商賣身敵といふ譬同じ郡山に住んで居りました、大工の棟梁利八といふ者との間に葛藤を生じ」)

賞は下より罰は上よりしょうはしもよりばつはかみより):【意味】殿様が家臣を賞する場合は下級の者にあつく、罰する場合は上級の者に厳しくあるべきだという政治の常識のこと。(講談・田宮坊太郎:「恐れながら申上げます。總じて賞は下より罰は上よりと申す通り、假令安藤帯刀の甥なればとて、斯かる大罪を犯せしもの、百日の閉門にて御差許しとは」)

賞罰正しからずんば家倒れ、国は乱るしょうばつただしからずんばいえたおれ、くにはみだる):【意味】人の功績が正しく認められず、また罪の追及に不公正なところがあるようでは、人々の間に憤懣が鬱積し、やがて国を乱す元になるのである、という格言。(講談・寛永三馬術、笹野名槍伝:「賞罰正しからずんば國は亂れ、家は倒るの諺、假令計略にかかつたにもせよ、笹野權三郎といへる者、若殿の行列へ切込み、數名の者を切倒しました罪は許す事は出來ませぬ」)

勝負は(勝つも負けるも)時の運しょうぶはときのうん):【意味】勝つも負けるもその時の運によるので、人の力は及ばないのである、という諺。相撲では「一番取りは時の運」(講談・夕立勘五郎)などという。(講談・寛政力士伝:「勝負は時の運といふこともございます。今から注文を附けて置いても、どう變らぬといふ限りもございませぬ」、伊賀の水月、荒木又右衛門、猿飛佐助、鼠小僧次郎吉、幡随院長兵衛、由井正雪、湖水乗切り、西郷南洲、落語・高田の馬場、相撲の蚊帳、真景累ヶ淵)

小便一町、糞八町しょうべんいっちょう、くそはっちょう):【意味】大小の用便のために旅行の行程がそれだけ遅れる、ということ。(落語・紀州飛脚:「小便をもよおしてきたがな。小便一町、糞八町ちゅう言葉があるねん」)

正法に不思議なししょうほうにふしぎなし):【意味】正しい仏法に「不思議な事」(奇なる験)などというものはない(よって「~に奇特なし」ともいう)。「不思議」が存在するのは幻術・邪教なのである、という教訓。(講談・岩見重太郎、本所五人男、落語・大工調べ:「行つて貰つて来い、正法に不思議なしだ、日延猶予はならねえんだ、早く行つて取つて来い」)

証文の出し遅れしょうもんのだしおくれ):【意味】手遅れであること、すでに有効期間が切れているため無力であることをこういう。(講談・梁川庄八、落語・品川心中:「篦棒め今時分顔を出しやァがつて証文の出し後れだ」)

女郎買いに吉日というのは暦にも書いてないじょうろかいにきちじつというのはこよみにもかいてない):【意味】諺ではない。遊里に行くのに縁起のいい日も悪い日もないはずだから、女の方で今日は都合がつかない、会えないからといって客が出直してくるわけにもいかない、無理してでも顔を出すようにしてくれ、ということ。(講談・関東七人男:「マア待て。女郎買いに、吉日というのは暦にも書いてねえ」)

女郎買いふられた奴が起こし番じょうろかいふられたやつがおこしばん)【意味】遊里に何人かで行って、その中で待てど暮らせど部屋に女が来なかったというような者が、翌日他のメンバーを起こして回る役になる、という情況を描いた川柳。(講談・笹川繁蔵、落語・錦の袈裟、明烏:「女郎買冷遇た奴が起し番とは能く云つたものです」、付き馬)

女郎買い振られて帰る果報者じょうろかいふられてかえるかほうもの):【意味】遊里に行って、なまじもてるよりも振られた方が身のためである、という川柳。(落語・お茶汲み、羽織の遊び、付き馬:「『女郎買振られて帰る果報者』女郎買ばかりは振られた者ほど仕合せで安全だとしてあります」、お見立て、五人廻し、立波、羽織の女郎買い)(参照)→傾城にかわいがられて運のつき

女郎のまことと四角な卵、あれば晦日に月が出るじょうろのまこととしかくなたまご、あればみそかにつきがでる):【意味】遊女の言うことに真実がないのは当たり前であって、もし彼女たちに客への真心があるようなら、四角な形の卵が存在し、晦日に月が出るだろうということ(どちらもありえないことの例え)(落語・吉野狐、立切れ:「女郎の誠と四角な卵、あれば晦日に月が出る……こんなことがいうてございますが」、吉住万蔵、素人占い)

将を射(ら)(斃さん)と欲すれば先ず馬を射よしょうをいんとほっすればまずうまをいよ):【意味】武将を弓で射ようとするなら、まずその乗馬を先に射るべきだという意味。大きな目標を達成するなら、その回り(前段階)にある小さな目標を先に攻略しなさい、という教訓。(講談・小野寺十内、伊達誠忠録、受難の村正=正宗の婿選び、太閤記:「将を射らんと欲つせば先づ馬を射よとか、竹中を抱き込まうとした藤吉郎は、その前提に大澤を生捕つてしまつた」)

食事は腹八分が宜しいしょくじははらはちぶがよろしい):【意味】腹いっぱいに食わず、適当なところでとどめておくのが健康には良いという教え。(落語・米搗の幽霊:「何でも程でございますが、殊に食事は腹八分が宜しいとしてあります」)

女子と小人は養い難しじょし:あるいはにょし:としょうじんはやしないがたし):【意味】「論語」より。「~之を近づくれば不遜なり、遠ざくれば則ち怨む」と続く。女と小人物は、親しくすればつけあがってなれなれしくなり、かといって距離を置くと冷たいと言って恨むので、実に扱いにくい、ということ。ここでいう「女子」「小人」は使用人のことであるともいう。(講談・安政三組盃、大久保彦左衛門、猿飛佐助、木村長門守、安中草三郎:小人のみ、落語・三枚起請:「何がといつて何うにも斯うにも、所謂ソレ女子と小人は養い難しで、斯うなると実に婦人には弱りますね」、子別れ、かはりめ、梅の春)

白河を夜舟で渡る高いびきしらかわをよふねでわたるたかいびき):【意味】京を見たふりをした人が、白川のことを尋ねられて、川の名前だと思って「夜中に舟で通ったから見ていない」と答えたという故事に由来する。熟睡していて前後不覚、記憶がまったくないこと。(講談・忠僕直助、青龍刀権次、慶安太平記、天明白浪伝、爆裂お玉、落語・二十四孝:「寝るともう前後忘却、白河夜舟高いびきで寝こんでしまって、翌朝になってあくびをしながら目をこすってみると夜はすっかり明けてしまっている」)

知らざるは(を)知らぬ(ず)とせよ、之れ知るなりしらざるはしらぬとせよ、これしるなり):【意味】知らないものは知ったかぶりをせず、正直に知らないと言う、それが本当にものの道理の分かった人のとる態度である、ということ。(講談・安政三組盃、由井正雪、落語・無学者:「知らざるは知らざるにせよ是れ知るなりで、知ら無い事は知らないと云ふ方が宜いのでございます」=浮世根問)

知らぬ顔の半兵衛しらぬかおのはんべえ):全く知らん顔をして取り合わないこと。つまり思い切りばっくれることをいう。(講談・朝顔日記、由井正雪、旗本五人男、落語・紺屋高尾:「で、今度はな、そいつをなんだ、先生へあずけて知らん顔の半兵衛さんでな、いいか」)

知らぬが仏しらぬがほとけ):【意味】知らなければ仏のように平静な気持ちでいられるが、なまじ知ったがために腹が立つ、ということ。また、事件の当人だけが知らずに平気でいるのを陰で嘲ってこのように言う。(講談・関東七人男、柳生三代、岩見重太郎、鼬三次、落語・猫忠、てんしき:「知らんと云ってしまえば恥を人前でかくようなことはございませんがなかなか一口にそう云って済ましてしまうことも出来ないものでございます。知らぬが仏でなく知るに足りなしと云ふことで……」、肥瓶、鍋草履)《い》

尻喰い観音しりくらいかんのん):【意味】恩を仇で返して平気でいる様子をこのようにいう。(落語・文七元結:「おめえを家ィ連れて帰っちまゃァ、あとはもう、尻喰え観音だから……」)

尻宮が来ないしりみやがこない):【意味】「尻宮」は尻のこと。後になって責任を追及されない、文句を言われない(ようにする)こと。(落語・真景累ヶ淵:「して見ればどこからも尻宮の來る氣遣はないによつて」)

尻を出して河童を釣るしりをだしてかっぱをつる):【意味】河童は人間の尻子玉(肛門にあると思われていた玉)を抜く、と言い伝えられていた。物や金をちらつかせ、油断させて悪者を呼び寄せ(退治しようとす)ること。(講談・岩見重太郎:「尻を出して河童を釣るの計略をもちい、所持の荷物大小を投げだし寝ていると、この山賊が餌にかゝってから引っ捉えて」)

白犬は人間に近いしろいぬはにんげんにちかい):【意味】江戸時代まであった俗信。(落語・元犬:「白犬は人間に近いというが、真白で良い犬だ」)

白鼠しろねずみ):【意味】白鼠は福の神とされるところから、主家に忠実な奉公人(番頭)のことをこういう。(落語・城木屋:「アアおれもこう城木屋の白鼠じゃとまで世間よりいわれるくらい長いこと奉公しているが」、木乃伊取り、菊江の仏壇、塩原多助一代記)

字を書かざれば理にうとしじをかかざればりにうとし):【意味】文字を読み、書くことができなければ、世の中の道理に通じることができず、身を立てることができないということ。(落語・金玉医者:「字を書かざるは理にうとしとかいって、文字というものは読んだり書いたりできんければいかん……」)(参照)→文字知らざれば理に疎し

信あれば徳ありしんあればとくあり):【意味】信仰心のあつい人には必ず福徳が伴う、という格言。神仏の加護によって、必ず御利益(往々にして現世的なもの)がある。(落語・崇徳院:「いいことをしましたねェ『信あれば徳あり』と言ってね」、景清)

人気が悪いじんきがわるい):【意味】ある土地の住人の気質が悪く、人情に乏しいこと。(落語・朝這い:「上方というとこには人気が悪くッて、土地に慣れねえ者と見ると、まるではぎとりもぎとりみたような目にされて……」、真景累ヶ淵)

仁義五常は世の宝じんぎごじょうはよのたから):【意味】「五常」(儒教でいう道徳、仁・義・礼・智・信の五つ)はこの世で宝のように重んじるべきものであるということ。(講談・大石内蔵助:「仁義五常は世の寶と申す事は聖人の説き置かれた所だ」)

真言美ならず、美言真ならずしんげんびならず、びげんしんならず):【意味】真実の含まれる言葉は往々にして飾り気がなく聞き心地が悪い。一方、耳に入りやすい巧みな言葉には、えてして真実がないものである、という金言。(講談・朝顔日記:「『眞言美ならず美言眞ならず』とは古の聖賢の言葉」)

沈香も焚かず屁もひらず(垂れず、放かず)(じんこもたかずへもひらず):【意味】特に可も不可もなく、益も害もない平々凡々としたおとなしい状態をいう。いてもいなくてもいいような人々のありさまをいう。沈香のうち、良質のものを伽羅という。(講談・鼠小僧次郎吉、加賀騒動、落語・百年目:「世の中には沈香も薫かず屁も放(こ)かずちゅうのがあるやろ。そんなやつはあきゃへん」)

心中は向島、首くくりは喰違、追いはぎは護持院ヶ原しんじゅうはむこうじま、くびくくりはくいちがい、おいはぎはごじいんがはら):【意味】江戸で事件の起こる「名所」。喰違は赤坂、護持院ヶ原は現在の千代田区一ツ橋近辺。「身投げが大橋、病犬にかみつかれるのが麻布広尾の原」が加わるときもある。(落語・小言幸兵衛:「吾妻橋から左へ折れて、枕橋を渡って向島と来るが、心中は向島、首くくりは喰違、追いはぎは護持院ガ原とちゃんと昔から規則が立っているよ」、盃の殿様)

針小棒大しんしょうぼうだい):【意味】小さな事を大げさに言いふらす(思う)こと。(講談・大石内蔵之助:「流石に内蔵之助もホツと息を吐いて、針小棒大何事かあらんと思ひの外箱根の難所も過ぎ誠に重畳」)

人心の変わりやすきは掌(手の裏)を返すが如しじんしんのかわりやすきはてのひらをかえすがごとし):【意味】人の心がうつろいやすいのは、あたかも手のひらを返す(がらりと態度が変わることもこういう)ようにあっけないものである、という比喩表現。(講談・勝田新左衛門:「人心の変わりやすきは掌をかえすが如しとか申しますが、仇討ちが成功しても切腹、不成功に終ればなおさら」、音羽丹七)

人心の物に触るるは色欲の道より迷い易きはなしじんしんのものにふるるはしきよくのみちよりまよいやすきはなし):【意味】人間(特に男は)いくら賢い人でも、こと色の道に関しては誘惑に勝てず、冷静さを失うことが往々にしてある、という戒め。(講談・妲妃のお百:「人心の物に觸るゝは色欲の道より迷ひ易きはなし、然ば悟る時は神佛の如く、迷ふ時は禽獣に劣れり」)

信心は徳のあまりしんじんはとくのあまり):【意味】信心というのは、生活に余裕があって初めて人の中に生まれるものである。食べるのにやっとという状態では、信心どころではない、ということ。(落語・後生鰻:「ェェ…このォご信心に凝る方がございます。結構なことですな。“信心は徳のあまり”なんてェことを申します」)(類義)→衣食たりて礼節なる恒産なきもの恒心なし

甚助なじんすけな):【意味】色欲が旺盛で嫉妬深い男のことをいう。(講・新吉原百人斬り、落語・五人廻し:「『あら、ちょいとお前さん、起きていたの?』『当り前じゃねえか。お前が来ねえから寝られやしねえじゃねえか』なんてえと、いやに甚助な野郎だと思われるし……」、とんちき=果報の遊客)

人生若いとき戒むべきは色にありじんせいわかいときいましむべきはいろにあり):【意味】若い頃、何よりも慎まなければならないのは色欲である、という教え。(講談・天保六花撰:「女も男とのしくじりから奈落におちいることもあります、人生若いとき戒むべきは色にありとはよく申したものでございます」)(参照)→血気未だ定まらずこれを戒むる色にあり若き時血気将に盛んなり之を慎むこと色にあり

新造にふられ年増に意見されしんぞにふられとしまにいけんされ):【意味】せっかく遊びに来たのに、若い遊女見習いに振られ、年かさの遊女には説教を食うという踏んだり蹴ったりな情況をいう川柳。(落語・道灌:「そこで川柳が『新造にふられ年増に意見され』」)

身体髪膚は父母の賜物(これを父母に受く、敢えてこれを毀傷せざるは孝のはじめなり)(しんたいはっぷこれをふぼにうく、あえてこれをきしょうせざるはこうのはじめなり):【意味】人の身体は全て親からもらったものであるから、傷つけないようにするのが孝行の第一である、という教え。(講談・由井正雪、野狐三次:「身体髪膚これを父母に受く、敢えてこれを毀傷せざるが孝のはじめとか終りとか申しやす」、祐天吉松、落語・火事息子)

死んで花実の咲くもの(ならば五百羅漢は花盛り)ではない(がなるものか)(しんではなみのさくものではない):【意味】いい目を見ることもあろうに、死んでしまっては何の意味もない、生きていればきっといいこともある、という言葉。(講談・水戸黄門、清水次郎長、雲居禅師、天保六花撰、野狐三次、薮原検校、落語・三味線栗毛:「死んで花実が咲くもんじゃァないよ、人は生きてればこそ、ねェ、くやしいも悲しいも、つらいもおもしろいも、これ生きてればこそだ、そうだろう?」、星野屋、ふたなり)(参照)→命あっての物種

仁に遠き者は道に疎し、苦しまざる者は智に于しじんにとおきものはみちにうとし、くるしまざるものはちにうとし):【意味】仁義を弁えない者は人の道に外れ、苦労知らずは馬鹿となる。(落語・一ト目上り)

しんにゅうをかけてもまだ足りないほど立派なしんにゅうをかけてもたりないほどりっぱな):【意味】「しんにゅうをかける」とは、物事をよりオーバーにする、大げさにする、修飾過剰にすることをいう。「いくら大げさに言ってもまだ言い足りないほど立派な」ということ。(講談・安政三組盃:「実にどうも自分が想像に描いていたよりは、しんにゅうを掛けてもまだまだ足りないほどの立派な男だ」、落語・らくだ)

しんねこ(の昼遊び)(しんねこ):【意味】これは諺でもなんでもないが、昼日中から男女差し向かいでむつまじく語らうことをいう。(講談・鼠小僧次郎吉、落語・菊江仏壇:「近所の小料理屋から出来合いでもお取りになって、こっそりと、しんねこで、エエ、私もお相伴をいたしますがナ」)

親は泣き寄り、他人は食い寄りしんはなきより、たにんはくいより):【意味】不幸があると、身内は心底悲しんで集まるが、他人は食い物目当てで集まってくる。(講談・加賀騒動:「先刻鄕右衛門にも申したが、親の泣き寄り他人の喰い寄り、大勢がガヤガヤ酒を飲んで面白可笑しく騒いで遊ぶが」、新吉原百人斬り、落語・猫定、狂歌家主)《い》

腎張りじんばり):【意味】「腎(かつては男性の精力の源であると信じられていた)が強すぎる」=性欲が旺盛、好色な人のこと。(落語・三十石:「これはまた腎張りなお客じゃ」、親子茶屋、お目見え)

親身のためには心の闇しんみのためにはこころのやみ):【意味】家族や縁者のためを思い、さしもの豪傑などもつい正常・冷静な判断を失って身びいきをしたりすることをいう。(講談・太閤記:「隼人正ほどの勇士も、親身のためには心の闇、死後の事を呉々も頼みました」)

人面獣心じんめんじゅうしん):【意味】顔は人でも腹の中は畜生同然の冷酷な者、恩知らずな奴を罵倒する時にこう呼ぶ。(講談・荒木又右衛門:「人面獣心、又五郎が恐れ入りましてございますといへばそれまで。そのうちに又五郎も年をとり、料簡が直つた時に言つて聞かせよう。それまでは欺されてをらう」、難波戦記、難波戦記冬合戦)

編:松井高志・2004-

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