[て]で始まる語句・ことわざ
手活の花(ていけのはな):【意味】自らの手で活けた花。(身請けした)妾、金や地位に任せて我がものとした女性の例え。(講談・西郷南洲、籠釣瓶、安中草三郎)
亭主に寝顔見せるのは女の恥(ていしゅにねがおみせるのはおんなのはじ):【意味】女房は亭主より早く起き、遅く寝るべきであるという、夫婦間の昔のセオリー。(落語・猫久、たらちね)(参照)→男に寝顔見せたる女は去る
亭主の好きな赤烏帽子(ていしゅのすきなあかえぼし):【意味】たとえどんなに変なものでも、一家の主が好きなものだといえば、家族はそれに従わなければならない(主人の趣味に女房が染まってしまう)という、家族間の昔のセオリー。(講談・寛永三馬術、清水次郎長、宮本武蔵、落語・狂歌家主、安産)《い》
亭主持つなら按摩を持ちな、資本いらずのつかみ取り(ていしゅもつならあんまをもちな、もとでいらずのつかみどり):【意味】按摩療治の商売は元手がかからない、揉めば揉んだだけ儲けになるいい商売なのだから、亭主にするにはもってこいである、という格言。按摩は一回こっきりの客も多いので、手を抜こうと思えばいくらでも抜けるという意味もある。(講談・天保六花撰)
貞女は両夫に見(まみ)えず(ていじょはりょうふにまみえず):【意味】操正しき女は未亡人になっても、再婚しない。落語(五代目古今亭志ん生口演のもの)ではこれをパロディ化して「貞女びょうぶにまみえず」などと茶化す。(講談・勝田新左衛門、山中鹿之助、落語・風呂敷、成田小僧、袈裟御前、橋場の雪=夢の瀬川、薬違い、王子の幇間)(参照)→忠臣は二君に仕えず
泥中の蓮(でいちゅうのはちす):【意味】ひどい環境に毒されず、清純さや正しさを失わない人の例え。(落語・辰巳の辻占)(参照)→はきだめに鶴
手負いに水は毒(ておいにみずはどく):【意味】喧嘩で斬り合いの末重傷を負った者に、水を飲ませるとそれが毒になってばったり死んでしまうことがあるので、本人が欲しがっても決して水を与えてはいけない、という経験則。(講語・夕立勘五郎)
手書きあれども文書きなし(てがきあれどもふみかきなし):【意味】字の上手い人はいくらもいるが、文章の達者な人は少ない、という諺。(落語・仙台高尾、高尾)
できないといえばできないのが金、こしらえようと思えばできるのが金(できないといえばできないのがかね、こしらえようとおもえばできるのがかね):【意味】借金取りの常套句。金がない、工面できないというのは、必死に作ろうという気があんたにないからじゃないか、という一種の恫喝である。(講談・鼠小僧次郎吉)
出来ぬことを知ってするは匹夫の勇(できぬことをしってするのはひっぷのゆう):【意味】自分にはできないだろう、ということを知りつつ、あえて行うというのは、ただ後先見ない勢いだけの勇気を表わしているにすぎない。小人のすることである。(講談・大久保彦左衛門)
できるというも金、できないというも金(できるというもかね、できないというもかね):【意味】前々項とは逆。詐欺などにかかって支払いを強要されている側が切る啖呵に含まれる表現。「できる」も「できない」も所詮金じゃないか、なんだかんだ言わずきれいさっぱり払ってやるから、という文脈で使われる。(講談・鼠小僧次郎吉)
敵を欺くにはまず味方から(てきをあざむくにはまずみかたから):【意味】敵を計略にかけて破るためには、まず味方に計略を真実だと思いこませなければ成功しない。「敵を計るには味方を計れ」(講・新吉原百人斬り)とも。(講談・相馬大作、赤穂義士本伝)
弟子は師の半言(芸)に至らず(でしはしのはんげいにいたらず):【意味】武道や芸事では、弟子というのはいくら修行を積んでも、師匠の芸の半分の域にまでしか至ることができない、という諺。(講談・伊賀の水月、荒木又右衛門、笹野名槍伝、田宮坊太郎、寛永御前試合、落語・武助馬)(反対)→青は藍より出でて藍より青い
弟子を見ること師に如かず(でしをみることしにしかず):【意味】ある人の技量や性格などは、その師匠が他の誰よりも知り抜いている、という諺。(講談・寛政力士伝)(参照)→子を見ること親に如かず、親を見ること子に如かず
出過ぎて良いのは鋳掛屋の看板ばかり(ですぎてよいのはいかけやのかんばんばかり):【意味】鍋・釜の穴ふさぎの商売は、ふいごを持ち歩いており、天秤棒が普通よりも長く、荷の先に棒の先が出ていた。このため出しゃばりな者を「鋳掛屋の天秤棒」という。この場合は出しゃばりを戒めた表現。(講談・清水次郎長)
手取り(てどり):【意味】その道の達人。かけひきがうまく、相手を巧みにあやつるしたたかな者。(落語・品川心中)
手習は坂に車を押すごとく、油断をすれば後へ戻るぞ(てならいはさかにくるまをおすごとく、ゆだんをすればあとへもどるぞ):【意味】稽古事は毎日休まず続けることが肝心で、少し休んだだけであっという間に退歩し、それを取り返すのに苦労するのだという戒め。(落語・蚊いくさ)
手に取るなやはり野に置け蓮華草(てにとるなやはりのにおけれんげそう):【意味】蓮華は野原にあるからこそ美しいので、摘み取って家に持ってくると美が損なわれる。あるがままで美しいものは、そのままに放置しておくべきだという教訓句。滝瓢水(たきのひょうすい)の俳句。(落語・鰍沢、今戸の狐、子別れ、さら屋、札所の霊験、さら屋)(参照)→やっぱり野に置けれんげ草
手に取れそうで取れぬ水の月(てにとれそうでとれぬみずのつき):【意味】水に映った月のように、そこにあって簡単に手に取れそうだけれども取れない、せっかくいい線までいっていて、もうちょっとで口説けそうなのになかなか思い通りにならない相手の心などを意味する。(講談・金田屋お蘭)
手の温かい人は実がある(てのあたたかいひとはじつがある):【意味】掌にぬくもりのある人は情があり、誠実であるという言い伝え。論拠は不明。(落語・義太夫がたり=転宅)
手の舞い足の踏むところを忘れて(知らず・覚えず)(てのまいあしのふむところをわすれて):【意味】(参照)→上を下へと手の舞い足の踏むところを知らずを見よ。(講談・安政三組盃、寛永三馬術、玉川上水の由来、大名花屋、三家三勇士、岩見重太郎、山中鹿之助、西郷南洲、本所五人男、難波戦記冬合戦)
手振り編笠(てぶりあみがさ):【意味】手ぶらで、編笠以外何も持たないこと。無一文のこと。「手拍子編笠」とも。(講談・祐天吉松、安中草三郎:「編笠一つ」、落語・穴泥、塩原多助一代記)
出物腫物ところ嫌わず(でものはれものところきらわず):【意味】元来「吹出物、腫物は場所を構わずに出る」ということだが、後に「屁」はどこでもお構いなしに出るものだという意味になった。(落語・居酒屋、高田の馬場、本能寺=鍋草履)
手盛り八杯(てもりはちはい):【意味】相手の給仕を待たずに自分でよそって思うさま飯を食うこと。(落語・湯屋番)
出る杭は打たれる(喬木は風に妬まれる)(でるくいはうたれる):【意味】才能を持ち、頭角を表わす者というのは、とかく人に妬まれて潰されるということがありがちである。(講談・藤原銀次郎、笹野名槍伝、相馬大作、岩見重太郎)(参照)→喬木は風に折らる《い》
出るも引くもない(でるもひくもない):【意味】嫁に行った先の家を「出て」、実家に帰る(「引く」)、などということをみだりに言うもんじゃない、ということ。仲人が夫婦ゲンカの仲裁に入って口にするセリフ。(落語・子別れ)
手六十(てろくじゅう):【意味】「六十の手習い」(「八十の手習い」とも)。年をとってから習い事を始めること。(講談・玉菊燈籠)
田楽の串で小判の封を切り(でんがくのくしでこばんのふうをきり):【意味】吉原のそばにあった田楽屋での情景、田楽で飲んで、いい気分になってくると、気持ちがでかくなってきて、田楽の串で主の金の封を切って遊郭に遊びに行ってしまう、という川柳。(落語・五人廻し)
天下泰平、国家安穏、五穀豊穣、ドドンガ、ドガドガ(てんかたいへい、こっかあんのん、ごこくほうじょう、どどんが、どがどが):【意味】相撲の櫓太鼓の音(の意味するところ)をおめでたく形容したもの。(講談・阿武松緑之助、落語・花筏)
天下は天下の人の天下なり(てんかはてんかのひとのてんかなり):【意味】天下を握るのは、しかるべき器量の人物でなければならないという意味の諺。「秀頼公には天下を統べる器量はない」と徳川家康に本多正純が意見する時に言うセリフに含まれる表現。(講談・寛永三馬術)
天から降ったか地から湧いたか(てんからふったかちからわいたか):【意味】いきなり現われること、そして往々にして悪玉の邪魔をすること。(講談・梁川庄八)
天機洩らすべからず(てんきもらすべからず):【意味】重大な機密を漏洩してはいけない、ということ。(講談・伊達誠忠録)
天狗(慢心)は芸の行き止まり(てんぐはげいのゆきどまり):【意味】芸事に打ち込む者は、自分の技量に慢心してしまったら、その時点で進歩が止まってしまうのだという戒め。(講談・名人小団次、由井正雪、慶安太平記、寛永御前試合)
天竺浪人(てんじくろうにん):【意味】「逐電浪人」をひっくり返した言葉であるともいう。流浪人、住所不定の風来坊、ルンペン。(落語・素人相撲)
天知る地知る(てんしるちしる):【意味】「人も知る」と続く。不正・隠し事は必ず露見する、という教訓的な言い回し。(講談・山中鹿之助、妲妃のお百、安中草三郎、塩原多助一代記)《い》
天水桶の孑孑(ぼうふり)(てんすいおけのぼうふり):【意味】「ぼうふり」は「ぼうふら」のこと。「井の中の蛙」と同じ。自分の周囲の狭い世界を全世界と勘違いして威張っている身の程知らずのこと。(落語・石返し)
天地の間に人の踏む所を行く(てんちのあいだにひとのふむところをゆく):【意味】人としてまっとうな道を歩むこと。正道を行くこと。(講談・梁川庄八)
天道は直きを助けたもう(正しき道を照らし給う)(てんどうはなおきをたすけたもう):【意味】どんなに苦しいことがあっても、天は正しい者の行いを見ており、正義は必ず報われるのである、ということ。(講談・三村次郎左衛門、伊賀の水月、荒木又右衛門)
天道人を殺さず(てんどうひとをころさず):【意味】努力している人を天は見放さない、という諺。(講談・安中草三郎、薮原検校、落語・湯屋番、梅若礼三郎)《い》
天に口なし、人を以て言わしむる(てんにくちなし、ひとをもっていわしむる):【意味】天というものには口がない(語ることができない)から、人の口をもって、天の意というものを知らせるようになっている。(講談・梁川庄八、猿飛佐助、塚原ト伝、おこよ源三郎、国定忠治、吉良屋敷替え、落語・紙入れ)
天に風雨の禍いあり(れば)、地に震動(震災)の憂いあり(てんにふううのわざわいあれば、ちにしんどうのうれいあり):【意味】世の中は平穏無事にはいかない、何かしら禍が起こる心配が尽きないという例え。講談には頻出。(講談・寛永三馬術、安政三組盃、勝田新左衛門、鎌倉星月夜)
天に向かって唾する(てんにむかってつばする):【意味】人に危害を与えたり不当な非難を浴びせたりしようとすると、それは全て自分にはね返ってくるということ。(講談・猿飛佐助)
天人の憂うるときは玉冠もしぼむ(てんにんのうれうるときはたまかむりもしぼむ):【意味】三保の松原で天人が羽衣を漁師に奪われて落ち込むときの形容。下界に留まると、天人は汚れを受けなければならないからである。(落語・羽衣)
天の時は地の理(利)に如かず(、地の理は人の和に如かず)(てんのときはちのりにしかず)【意味】「孟子」より。天候や日の吉凶を選んで戦をするのは大事であるが、それよりも地形を生かした方が有利。だが、それよりもさらに、人心をまとめて戦うことが大切、という教え。(講談・伊賀の水月、紀伊国屋文左衛門)
天は照々として誠を照らす(てんはしょうしょうとしてまことをてらす):【意味】(参照)→天道は直きを助けたもうに同じ。最後に必ず正義は勝ち、悪の栄えた例はない、ということ。(講談・寛永三馬術、荒木又右衛門、大久保彦左衛門、岩見重太郎、落語・牡丹燈籠)
天は無禄の民を生まず(てんはむろくのたみをうまず):【意味】この世には商売(仕事)のない人というのはいないはずである。そういう者がいること自体誤っているということ。働かざる者食うべからず、というような意味。(講談・寛永三馬術)
天網恢々、粗にして漏らさず(てんもうかいかい、そにしてもらさず):【意味】「老子」より。天の網は広大で、かつその目は粗いようであるが、実は逃れることができないものである。普通、悪事を行うと必ず報いがある、という意味に使われる。(講談・寺坂吉右衛門、天保六花撰、落語・高田の馬場、八百屋お七、かつぎや)
編:松井高志・2004-
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