2005/04/29

[と]で始まる語句・ことわざ

戸板の上へ飴菓子を並べて売ったってといたのうえへあめがしをならべてうったって):【意味】貧乏に迫られたら、プライドがどうのこうのと言っている場合ではない。自分や家族が食うためには何でもやってその日の糧を得なければならない。そのためには手段を選ぶな、やろうと思えばどんな商売でもできるだろう、という意味。(講談・浜野矩随、祐天吉松:「假令戸板の上へ飴菓子を並べて商うても堅氣は堅氣、立派な商人でございませう」)

唐辛子羽をつけたら赤蜻蛉とうがらしはねをつければあかとんぼ):【意味】形状が似ていることから戯れてこういう。(落語・ぢぐち:「『唐辛子羽根をつけたら赤蜻蛉』といふと句が活ると…」=地口合せ)

同気相求め同病相憐れむどうきあいもとめ、どうびょうあいあわれむ):【意味】「易経」より。気の合う人は互いに惹かれあい、自然に寄り集まる。似たものは互いに親しみ合う、ということ。類は友を呼ぶ。(講談・三家三勇士:「それは定めしお困りでござろう、同病相憐むとか申す、幸いにして服みよき薬がござる」、妲妃のお百、落語・永代橋)(参照)→磁石よく鉄を吸い、悪は悪の友を呼ぶ目のあるところへ玉が寄る

どうしてくりょう三分二朱どうしてくりょうさんぶにしゅ):【意味】(参照)→十両盗めば死罪(首が飛ぶ)時代、死罪ぎりぎりの九両三分二朱を盗った者に、裁く側が「小癪な、どうしてくれよう」と悔しがる様子をいう。(落語・鼠穴:「もうわずかで手が届くんですが、この私刑にするわけにはいかない。で、どうしてくりょう三分二朱なんてえのは、これからできたことばだてえますが」、転宅、花瓶、テレスコ)

燈台下暗しとうだいもとくらし):【意味】灯明台(燭台)の真下は暗いものだ、という諺。手近にあることはかえって分かりづらい、ということ。(講談・伊賀の水月、大久保彦左衛門、太閤記、相馬大作、妲妃のお百、落語・九段目、赤垣源蔵:「成程、手元にあるのか。気が附かなかつた。所謂燈台下暗しだ」)《い》

騰蛇の雲を起し、奮虎の翼を生ぜし如く・酔象の浪を蹴立て、狂獅の巌を伝うもかくやらんとうだのくもをおこし、ふんこのつばさをしょうぜしごとく・すいぞうのなみをけたて、きょうしのいわおをつたうもかくやらん):【意味】合戦における武将の精兵同士の激しい戦いのさまを描写した比喩表現。ほぼ互角の奮戦・激戦を表わす。(講談・太閤記:「男盛りの勇将、騰蛇の雲を起し奮虎の翼を生ぜし如く、勢ひ猛く切つて廻り突いて掛れば」)

道中師どうちゅうし):【意味】街道で生計を立てる飛脚や荷宰領のことをいう。(落語・三人旅:「あかるいとも、道中師てえくれえだ、馬鹿にすンなこの野郎」)

道中で人を見たら盗賊と思え、火を見たら火事と思えどうちゅうでひとをみたらとうぞくとおもえ、ひをみたらかじとおもえ):【意味】(同義)→旅に出たら火を見たら火事と思え、人を見たら泥棒と思えを見よ。(講談・清水次郎長:「世のたとえにも、道中をして人をみたら盗賊と思え、火をみたら火事と思えという位だから、ムヤミに人に金なんぞをかしたり何かしちゃァいけないよ」)

如何で有馬の水天宮どうでありまのすいてんぐう):【意味】水天宮が元来三田・赤羽の有馬家上屋敷にあった(有馬家領にある久留米水天宮の分社)ことに由来する洒落言葉。「恐れ入谷の鬼子母神」と同じ趣向。(落語・ぢぐち=地口合せ)

十で神童、二十歳で才子、二十五になりゃ只の人とうでしんどう、はたちでさいし、にじゅうごになりゃただのひと):【意味】十歳の時は「神童」呼ばわりされ、二十歳で「才子」と評判を取っても、二十五を過ぎる頃には凡人になってしまう人が世の中にはザラにいる、という諺。天才少年少女がそのままうまく名人や大人物に育つわけではなく、むしろ逆(評判が当人をスポイルする)であるということをいう。(講談・堀部安兵衛:「餘り幼少の内に悧巧な者は成長するに從つて左程でもなくなる者が多い。十歳で神童、廿歳で才子、廿五になりや只の人と云ふ都々逸がある」)

唐茄子のきらいな女房うちがもめとうなすのきらいなにょうぼううちがもめ):【意味】唐茄子(かぼちゃ)は大抵女性の好物(安上がりな道楽のひとつ)であり、そうでない場合、その女性は酒好きであるから、女房にした場合いろいろと家庭内での問題が起きがちだ、という意味の川柳。(落語・唐茄子屋:「唐茄子のきらいな女房うちがもめ……という川柳もございます。女の人は唐茄子が好きでなければいけない」)(参照)→芝居蒟蒻芋蛸南瓜

問うに落ちず、語るに落ちるとうにおちず、かたるにおちる):【意味】人から質された時は、心中の秘密を隠し通せるが、自分から何気なく喋っているとき、つい油断して、ぽろりとそうした秘密をもらしてしまうものだ。(講談・亀甲縞治兵衛:「餘りと言へば方外なる仕打、問ふに落ちず語るに落つるとは、貴様の事だ、さアどうだ、申開きがあるか」、落語・高田の馬場、四段目)

塔は地輪からとうはじりんから):【意味】(職人などの技術は)五輪の塔を作るときのように、一番の基礎からコツコツ修業しなければ上手にはならない、ということ。(落語・左甚五郎:「塔は地輪から、という。五重の塔は天辺からこしらえるもんじゃねえ。下から組み上げて五重の塔が出来る。な?」)

問うは当座の恥、問わずは末代の恥とうはとうざのはじ、とわずはまつだいのはじ):【意味】(参照)→聞くは一時の恥、聞かぬは末代の恥に同じ。(落語・猪買い:「問うは当座の恥、問わずは末代の恥ということがある。な? よう聞いて行きなはれや」、米揚げ笊)

豆腐の角へ頭をぶつけて死んでおしまいとうふのかどへあたまをぶつけてしんでおしまい):【意味】誰でもできるような、ごく簡単なことができない者をののしる時に使う言い回し。たとえば勝気な女房がグータラ亭主を罵倒する際の定番慣用句。(落語・穴どろ:「お前のやうな者は生きて居る甲斐がないから、豆腐の角へでも天窓を打附けて死んでお終へ」)

稲麻竹葦と取り囲みとうまちくいととりかこみ):【意味】「法華経」にあるという。稲、麻、竹、葦が入り乱れることだが、幾重にも取り囲んで蟻の這い出る隙間もない有様をいう。(講談・太閤記:「上方の大軍、山中城を稲麻竹葦と取囲み晝夜を分たず攻め立てましたので」、難波戦記冬合戦)

道楽の子ほど可愛いどうらくのこほどかわいい):【意味】怠け者で身持ちが悪く、遊んでばかりいるような子ほど、かえって親はいとおしく感じてしまうということ。不出来な子ほど可愛い。(落語・福禄寿:「“道楽の子ほど可愛い”ということが言ってありますが」)

道楽の理に落ちたのが茶の湯なりどうらくのりにおちたのがちゃのゆなり):【意味】平たく言えば好きでのめり込む道楽の一種なのだが、それにもったいぶった理屈をつけたものが茶道というものだ、という皮肉をこめた川柳。(落語・茶の湯:「道楽の理に落ちたのが茶の湯なり という川柳がございます」)

道楽は「道を楽しむ」、また中には「道に落ちる」どうらくはみちをたのしむ、またなかにはみちにおちる):【意味】道楽は普通生活にゆとりのある人がを「楽しむ」ものであるが、中には余裕もないのにどっぷりはまってしまう人もいる。(落語・相撲の蚊帳:「道楽とは道を楽しむ、亦中には道に落ちるとか云ふ事を言ひますが」)

蟷螂蝉を窺えば夜鳥蟷螂を窺うとうろうせみをうかがえばやちょうとうろうをうかがう):【意味】弱い者を食い物にしようと狙っている悪党よりも、更に一枚上を行く者があって、背後から命を取ろうと隙を窺っている。世の中は油断も隙もあったものではない。上には上があるものである、ということ。(講談・妲妃のお百:「蟷螂蝉を窺へば夜鳥も蟷螂を窺ふの譬の如く、袋井の宿にて山賊共は徳兵衛夫婦の衣類を始め懐中爲し金銀を奪はんとせしに、往來の武士の力量に痛く懲しめを受けて逃去ぬ」)

蟷螂の斧をもって龍車に向かうとうろうのおのをもってりゅうしゃにむかう):【意味】蟷螂はかまきり、龍車(隆車)は大きな車。弱い者が身の程を弁えずに、強大な者に立ち向かう様子を例えた表現。(講談・清水次郎長、梁川庄八、大石内蔵助、赤穂義士本伝:「却ってトウロウが斧の受けるようなことは御免こうむる」、三家三勇士、加賀騒動、落語・蚊いくさ)

遠い親戚より近くの他人とおいしんせきよりちかくのたにん):【意味】困ったときは遠方の親戚よりも、近所の他人の方がよほど頼りになるという諺。(講談・本所五人男、落語・一人酒盛、真景累ヶ淵:「お長屋の衆も親切にして下すつて、遠くの親類より近くの他人」)

遠き慮なき時は必ず近き憂いありとおきおもんばかりなきときはかならずちかきうれいあり):【意味】「論語」より。遠い将来のことまで考えて行動しないと、近々、きっと困ったことになる、という実際的な教え。(講談・佐倉宗五郎:「この廻文を見ると、眉を顰めて考へ出した、人遠き慮無き時は必ず近き憂ありといふ」、由井正雪)

遠くて近いは男女の仲(間)(近くて遠いは田舎の道)(とおくてちかいはだんじょ:なんにょ:のなか、ちかくてとおいはいなかのみち):【意味】男女の仲は案外結ばれやすいもので、一方逆に、目的まで近そうで、なかなか行きつけないのが田舎の道である、という対句になった諺。古くは「遠くて近きもの 極楽。舟の道。人の中。」と「枕草子」にある。(講談・梁川庄八、岡野金右衛門、水戸黄門・出世の高松、鈴木重八、加賀騒動、重の井子別れ、八百蔵吉、落語・小言幸兵衛:「なんの事ァない、猫の前に鰹節を置いとくようなもんだ。なあ? 『遠くて近いは男女(なんにょ)の中、近くて遠いは田舎の道』…これはお前なんだよ、くっつくよ」、お直し、立切れ、吉住万蔵、庖丁、雷飛行、乾草車)

遠出(目)山越し笠の内とおでやまこしかさのうち):【意味】「夜目遠目笠の内」に同じ。距離の離れたところにいたり、笠で顔を隠している女性は美しく見える、ということ。(落語・高田の馬場:「ご用とお急ぎでない方は、よッく見ておいで、遠出山越し笠のうち、物の文色と見分けがわからん」)

とかく仕事の良い奴は怠けるとかくしごとのいいやつはなまける):【意味】(参照)→いい職人はおいそれと仕事をしないにほぼ同じ。腕に自信のある職人は泡を食って仕事に取りかからない。気が向くのを待ってじっくりいい物を拵えるから、注文主が催促しても全く動じないのである。(講談・三村次郎左衛門:「早く早くというんだがの、とかく仕事のよい奴は怠けるものでの」)

時の天下に日の奉行ときのてんかにひのぶぎょう):【意味】その時権力を握った者の勢いには逆らえない(と思った方が無難)、という考え方のこと。(講談・笹野名槍伝:「それがな旦那はん、時の天下に日の奉行や」)

(機)は得難く失いやすしときはえがたくうしないやすし):【意味】チャンスというのはなかなか巡ってこないし、たまたま巡ってきても逃してしまいやすいものだということ。(講談・紀伊国屋文左衛門、太閤記:「今宵の軍は天下の落去、時は得難く失ひ易し、猶豫は後悔の始めでござる」、由井正雪、義士討ち入り)

時世時節(と諦めさんせ屋形舟さえ大根積む)(ときよじせつ):【意味】その時その時の巡り合わせ。運命。もし運が自分に向いていないという場合は、ひとまず潔くあきらめて時節を待つべきである。屋形船だってよんどころなく大根を運搬する場合だってあるのであるから、ということ。(講談・寛永三馬術、梅ヶ枝仙之助、祐天吉松:「何のお前、そりア時世時節で仕方ないやねえ」、西郷南洲、重の井子別れ)

常磐なす松のみどりも春くればなほ一しほの色まさりけりときわなすまつのみどりもはるくればなおひとしおのいろまさりけり):【意味】一年を通して変わらず緑である松の木も、春ともなればひとしお、緑の色が鮮やかで美しい。無筆のため主人に殺されるのを気づかずにいた中間作蔵(「治助」とする別の話もある)が、出奔して書を学び、能筆の人となってこの歌を扇に書き、将軍家に献上して出世のいとぐちとする。(講談・仏の作蔵:「サラサラと扇面に筆を運びます。常磐なす松のみどりも春くればなほ一しほの色まさりけり 書き終つて墨の乾くまでジツと眺めてゐる作之進」)

常磐なる国にかへらん雁のしばし休らふ函館の松ときわなるくににかえらんかりがねのしばしやすらうはこだてのまつ):【意味】雁が北から日本本土に渡る際、函館で木の枝を銜え、津軽海峡の海上にその枝を浮かべて止まり、津軽の浜へ捨てて南へ去る。やがて北へ戻る時期が来ると、雁たちはまた帰ってきて浜の枝を拾っていくが、日本で撃たれたり病死したりした雁の分の枝が浜にたくさん残る。その枝を焚いて入ると病気が治るという「雁風呂」という風習があるのだが、その伝承を歌にしたもの。(講談・水戸黄門:「雁が捨てて行く粗朶を以て焚く、それであるから、 常磐なる國にかへらん雁のしばし休らふ函館の松 といふ歌がございます」)

毒ある花は人を悦ばせ、針ある魚は汀に寄るどくあるはなはひとをよろこばせ、はりあるうおはみぎわによる):【意味】「美しい花にはとげがある」と同じ意味。おいしい話には必ず罠がひそんでいる。魅力的なものほど危険である、の意。(講談・越後伝吉:「成程お専が言ふ如く毒ある花は人を悦ばせ針ある魚は汀に寄る骨肉なりとて油斷は成じ」)

毒気を吹きかけるどくけをふきかける):【意味】言葉や態度で相手を萎縮させること。(落語・狂歌家主:「俺ァ家主の顔を見るてえとね、毒ッ気を吹っかけやんからねえ、ものが言えなくなっちまうんだよ」)

毒薬変じて薬となるどくやくへんじてくすりとなる):【意味】毒薬と考えられているものが使いようによっては良薬にもなるように、悪いことも考えようによっては自分の好機とすることができる。(講談・寛永三馬術、寺井玄渓:「ハイ、毒薬変じて薬となることもあると聞きましたが」)(参照)→わざわいも三年経てば用をなす

毒を食らわば皿まで(舐れ)(どくをくらわばさらまで):【意味】どっちみち毒を食うのなら、皿まで舐めてしまおうということ。一度罪を犯したら、中途半端にならず、悪に徹してやろうということ。厄介に引きずり込まれたら最後まで関わり抜く、という宣言。(講談・朝顔日記、相馬大作、夕立勘五郎:「毒を食はゞ皿までと、是から先どんな惡いことをしねえとも限らねえ」、落語・双蝶々・中、札所の霊験、怪談市川堤、真景累ヶ淵)

毒を以て毒を制するどくをもってどくをせいする):【意味】悪事を抑えこむには、より強い悪の力を利用する他はない、という言い回し。(講談・笹川繁蔵:「所謂『毒を以て毒を制する』の法でございましたろうが」、落語・居残り佐平次)

解ければ早き東南東風とければはやきいなさごち):【意味】お互いの間にあった誤解やわだかまりも、一旦氷解すれば、親しくなるのは早いということ。(講談・笹野名槍伝:「既に命の遣取りとなつたのが解ければ早き東南東風、茲に義兄弟の盃を酌み交しましたのは、奇しき縁でございます」)(参照)→雨降って地固まる

所阿呆払いところあほうばらい):【意味】武士に対する特定地域からの追放刑の一つだが、町人にも適用されたという。衣服(武士の場合大小)をはぎ取り、割れ竹で打って古着と縄帯姿で放り出す。(落語・百人坊主:「此村を阿呆払いにされたら無宿者になる」)

所変われば品変わる(ところによって唱えが変わる)(、浪花の葦は伊勢の浜荻)(ところかわればしなかわる、なにわのあしはいせのはまおぎ):【意味】土地土地によって習俗や言葉は変わり、同じ物でも呼称が変化する、という意味のことわざ。「草の名も所によりてかはるなり、なにはのあしも伊勢のはまをぎ」(救済)に由来。前半がことわざとなって使われる。「所変われば名も変わる」(講談・玉菊燈籠)とも。(講談・寛永三馬術、新門辰五郎:「『ところ變れば品變る、浪花の蘆は伊勢の濱荻』で、どうも地方言葉で仕方がない」、相馬大作、梁川庄八、落語・三十石夢の通い路、佐々木裁き、テレスコ、後の船徳=お初徳兵衛、英国の落語=試し酒)

処で吠えぬ犬はないところでほえぬいぬはない):【意味】弱い犬でも自分の縄張りでは威張っている、ということ。内弁慶な者の例え。(落語・鴻池の犬:「処で吠えん犬はないちゅうわい、お前らかてよその土地へ行ったらおんなじ目にあうのやがな」)

年は老れども勇士と鉄は朽ちぬとしはとれどもゆうしとくろがねはくちぬ):【意味】まだまだ若い者には負けない、という老武士の強がり。鉄も侍も、年を経ても朽ちないのである、ということ。(講談・勝田新左衛門:「年は老れども勇士と鐵(くろがね)は朽ちぬといふ比喩がござるが」)

屠所の羊の歩みとしょのひつじのあゆみ):【意味】屠殺所に引っ張られていく羊のように、だんだん死に近づく者、または不幸にぶつかって気力を喪失(元来は違うニュアンスであるらしい)した者を例えた表現。(講談・寛永三馬術、赤穂義士本伝、笹野名槍伝、岩見重太郎、落語・双蝶々:「屠所におもむく羊のごとく、後ろ髪をひかれる思いで吾妻橋へかかります」)

年寄りの冷水としよりのひやみず):【意味】老人が自分の年を考えずに、若い者同様に行動するのは無茶であるということ。また意味がないということ。(講談・伊賀の水月、赤垣源蔵のかたみ、落語・将棋の殿様、万金丹:「“年寄りの冷水”だァ、よせばいいに屋根へ上がってな」)《い》

年を取っても浮気はやまぬ、やまぬはずだよ先がないとしをとってもうわきはやまぬ、やまぬはずだよさきがない):【意味】男は年を取っても枯れるどころか浮気がやまないものだ。それもそのはずでどんどん先が短くなるのである、という都々逸。(落語・野ざらし:「年をとっても浮気はやまぬ、やまぬはずだよ先がない、てえ都々逸がありますがね」)

十千万両とちまんりょう):【意味】莫大な金額のこと。(講談・汐留の蜆売り、落語・ちきり伊勢屋:「あの世へ十千万両の身上を持っては行けない」)

右つ左いつとつおいつ):【意味】元来「取りつ置きつ」のこと。「取つ措つ」とも。あれこれ逡巡して決心がつかないことをいう。(講談・赤穂四十七士伝、落語・湯屋番:「味噌漉を下げて出る形は余り好くないものだ右つ左いつして居ると」、夢の瀬川、おさん茂兵衛)

トッタカ見たかとったかみたか):【意味】手に取って、見るか見ないかのうちに、の意。金などを入手してすぐつかうこと、その日暮らし。または安直な(早々である)こと。あからさまなこと。(講談・安政三組盃:「そりゃァあんまり、トッタカ見たかだ。ご迷惑ながら今ひと晩ご厄介になり、明朝立ちたいと思う」)

とにかく浮世はままならぬもので、なるはいやなり思いはならずとにかくうきよはままならぬもので、なるはいやなりおもいはならず):【意味】自らがさして期待しないことは実現しやすいが、強く願うことというのはなかなか実現しない、ということ。恋愛関係についてよく言われる言い回し。つまり「本命」はなかなか攻略できない、ということ。(落語・お玉牛:「とにかく浮世というものは、ままならぬもので、なるはいやなり思いはならず、つい辛気に暮していますがなァ」)

どの道を往くも一つの花野哉どのみちをゆくもひとつのはなのかな):【意味】仏教の宗派はいろいろあるが、どの宗派であっても最終的にめざす境地は同一であるから、宗派間の対立は空しいということをいう句。(落語・血脈:「どの道を往くも一つの花野哉。シテ見れば何宗で了らうとも、往くべき所は一つといふ事を申したものであるのです」)(参照)→分け登る麓の道は多けれど同じ高嶺の月を見るかな

鳶が鷹を生む(鳶に鷹)(とびがたかをうむ):【意味】平凡な者が優れた子供を産むことをいう。(講談・寛永三馬術、関東七人男、落語・小言幸兵衛、成田小僧:「世間でそういってますぜ、鳶が鷹ァ産んだッて」、短命)(反対)→蛙の子は蛙、瓜の蔓に茄子はならぬ《い》

鳶に油揚とびにあぶらげ):【意味】自分の物をいきなり横からさらわれて、ただ呆然とするしかない状態。(落語・文違い:「真正に鳶に油揚とは此の事」)

飛ぶ鳥を落とす勢いとぶとりをおとすいきおい):【意味】ある人物の権勢(政治的な力や財力)が盛んであるため、飛行する鳥も落ちるほどである、ということ。(講談・旗本五人男、水戸黄門:「天下三家老の一人中山備前守信義、飛ぶ鳥を落す勢ひ」)

富籤の引き裂いてある首くくりとみくじのひきさいてあるくびくくり):【意味】自殺体の側に宝くじを引き裂いて捨ててある。最後の希望を賭けて買った籤にはずれて死を選んだ、ということを意味する川柳。(落語・御慶:「そのころの川柳に、 富籤の引きさいてある首縊り……なんてえのがございます」)

左見右見とみこうみ):【意味】あちらを見たり、こちらを見たり(またはあるものをあちらから見たり、こちらから見たり)すること。(講談・寛永御前試合:「半兵衛近よって左見右見しつ」)

富は屋を潤し、徳は身を潤すとみはおくをうるおし、とくはみをうるおす):【意味】財産は家を豊かにし、優れた人間性はその人自身の人生を満ち足りたものにする。(講談・天明水滸伝:「富は屋を潤し徳は身を潤す、爰に裁縫の里に村上勘十郎といふ豪福あり」)

友達というんは、飲んだり食うたりするばっかりが友達やないで。おたがい、いかんことがあったら、ああやないか、こうやないか、というてこそ、ほんまの友達やともだちというんはのんだりくうたりするばっかりがともだちやないで。おたがい、いかんことがあったら、ああやないか、こうやない、というてこそ、ほんまのともだちや):【意味】ほぼ文字通りの意味で解説のしようもないが、上方落語にはこうしたダイレクトな「教え」が多いような気がする。(落語・三枚起請:「オイ、源やん、友達というもんは、飲んだり食たりするばっかりが、友達やないで。おたがい、いかんことがあったら、ああやないか、こうやないかと言うてこそ、ほんまの友達やと思うねン」)

友は類を以て集まるともはるいをもってあつまる):【意味】(参照)→類は友を呼ぶ同気相求め、同病相憐れむこと。(講談・紀伊国屋文左衛門、太閤記:「中にも柴田勝家と瀧川一益との兩人は、友は類を以て聚る、隣同士の宿屋へ宿を定めましたが」)

病屋につくとやにつく):【意味】「鳥屋」ともいう。鷹の羽が夏の末に抜け、冬に生え直すこと。そこに由来し、梅毒に感染した遊女の頭髪が抜けること。(落語・文七元結:「又悪い病でも受けて病屋にでも就かれたら可哀想だから」)

虎と見て石に立つ矢のためしあり(などて思いの通らざるべき)(とらとみていしにたつやのためしあり):【意味】「史記」より、李広が草の中の石を虎だと見て、矢を射たところ、鏃が刺さったという故事にちなむ。一念こめて物事を行えば、どんなことでも不可能はないという例え。(講談・水戸黄門、忠僕直助、雲居禅師、田宮坊太郎:「これはしたり小太郎、左様なことではならぬ、虎と見て石に立つ矢の例あり」、赤穂四十七士伝)(参照)→何のその岩をも徹す桑の弓

虎の威を籍(借)る狐とらのいをかるきつね):【意味】自分はたいしたことがないのに、有力者、権力者の威光を笠に着て威張り散らすつまらない者のことをいう。(講談・梁川庄八:「虎の威を藉る狐で、酩酊の上親の威光を笠に、無理難題を云掛け、脅しのために素ツパ抜きなどをする」、笹野名槍伝、三家三勇士、慶安太平記)

虎の尾を踏むとらのおをふむ):【意味】「易経」にある表現。とても危険なことの比喩。(講談・安宅勧進帳:「流石の弁慶も、虎の尾を履み、毒蛇の口などといふは此処でございます」)

虎は千里行って千里帰る(千里の藪を越す)(とらはせんりいってせんりかえる):【意味】虎は一日に千里を走っていき、また帰ってくることができる。それほどの勢いのある者を例えていう。(講談・小野寺十内、加賀騒動、落語・やかん:「『虎は千里の藪さえ越すが越すに越されぬ箱根山』というが、総じてこの蹴爪の割れているものは早いねエ」)

虎も用いざれば鼠に劣るとらももちいざればねずみにおとる):【意味】どれだけ(武勇に)秀でた者でも、しかるべき活躍の場を与えられなければ能力の持ち腐れになり、もったいないということ。「犬にも劣る」とも。(講談・相馬大作:「かりに拙者が士分以上であったなら、かゝる不面目は起すまいに、虎も用いざれば鼠に劣る」、難波戦記)

取らんとする者あれば先ず与えよとらんとすればまずあたえよ):【意味】人から何かを求めようとすれば、まずこちらからもそれなりの報酬を相手に支払わなければならない、という常識を述べた言葉。(講談・伊賀の水月:「知らんか、――取らんとする者あれば先ず与えよ、ということを心得ているか」)

鳥居(の)数が少ない(を多くくぐっている)(とりいかずがすくない):【意味】年功を経ていない、ということ。「鳥居数」とは、狐がカギをくわえて何度も鳥居をくぐると、やがて稲荷大明神になれるという俗信による。(講談・清水次郎長、相馬大作、寛永御前試合、落・成田小僧:「鳥居数をだんだんくぐってから、若いときのことを考えますと」、樟脳玉)(参照)→おかざりの数をくぐる橙の下をくぐる

鳥が鳴(うと)うて夜が深いとりがうとうてよがふかい):【意味】アイデア(決心したこと)がなかなか実現しない(結果の見通しが立たない)状況のたとえ。(講談・越後伝吉:「又吉原の花魁を見たいと思ふが迚も云つた處で、鳥が鳴うて夜が深い話だ」)

鳥なき郷の蝙蝠とりなきさとのこうもり):【意味】優秀な人がいない場所で、つまらない者がお山の大将として幅を利かせている状態を例えた言葉。(講談・梁川庄八、田宮坊太郎:「ヘツ、堀源太左衛門なんか鳥なき里の蝙蝠だ」)(参照)→井の中の蛙《い》

鳥の啼かぬ日はあってもとりのなかぬひはあっても):【意味】「毎日毎日休みなく」の意で、以下の講談本に用例が認められるのだが、「烏(からす)が鳴かぬ日はあっても」が正しいか。(講談・近江聖人、安政三組盃)

鳥の将に死なんとする其の声や悲し、人の将に死なんとする其の言うことや善しとりのまさにしなんとするそのこえやかなし、ひとのまさにしなんとするそのいうことやよし):【意味】鳥の末期の鳴き声には必ず言いようのない哀調がこもっており、人の末期の言葉には必ず真実がこもっているから、耳を傾けるに価するのである、という金言。「論語」にある。(講談・由井正雪:「鳥の將に死なんとするや其の聲悲し、人の將に死なんとする、其の云ふことや善し、八郎右衛門の手を確かと押へた兄の藤四郎」、宮本武蔵、百猫伝)(参照)→人の将に死なんとするとき、その言うことや良し

取れば憂し取らねば物の数ならず捨つべきものは弓矢なりけりとればうしとらねばもののかずならずすつべきものはゆみやなりけり):【意味】弓矢を取って戦えば無常感にとらわれるような嫌なことが多く、取らなければ取らないで功名にならず、不名誉となるから、武士ほど辛いものはない、できればやめたいという意味の歌。「太平記」巻29に、薬師寺公義(きんよし)の歌として載っている。(講談・寛永三馬術:「過ぎし昔藥師寺が、取れば憂し、取らねば物の數ならず、捨つべきものは弓矢なりけりと詠まれたが、奉公は實に辛い」、三家三勇士)

盗人上戸どろぼうじょうご):【意味】酒も甘い物もたしなむ人のこと。(落語・釜どろ:「デ、甘いものとお酒を飲むのを、俗に盗人上戸といふのは、多分是れから初まつたのかも知れません」)

泥棒でも目的(あて)のない事はしないどろぼうでもあてのないことはしない):【意味】泥棒でも見込みを立てて仕事をする、行き当たりばったりに物事を行う者はいない、ということ。(講談・夕立勘五郎:「貴郎盗人でも目的のない事はしないといふ話しです比喩たもんですな」)

ドロンを決めるどろんをきめる):【意味】急にいなくなること。逐電すること。芝居で幽霊の登場・退場に打つ太鼓の音に由来。(落語・お化け長屋:「愈々モウ逆さに振るつたつて鼻血も出ないというようになつたら、ドロンを極めて」)(参照)→随徳寺を決めこむ

呑舟の魚も遂には漁師の網にかかるどんしゅうのうおもついにはりょうしのあみにかかる):【意味】呑舟の魚とは舟を丸飲みにするくらいの大きな魚、器量の大きな人物の例え。ここでは、たとえば仇などが姿をくらましていても、いつかは探し当てることができる、というような意味。(講語・笹川繁蔵:「呑舟の魚も、遂には漁師の網にかゝるというが、敵の顔を知らない自分に向って、却って敵の方から名乗ってくれたということは有難い、と思ったが」)

飛んで火に入る夏の虫(、秋の蛍の身を焦がす)(とんでひにいるなつのむし):【意味】自らわざわざ、厄介事の中に飛び込むこと。待ちかまえている敵の中にうかうか入ってくること。(講談・堀部安兵衛、笹野名槍伝、勤王芸者、三家三勇士、梁川庄八、山中鹿之助、明智三羽烏、爆裂お玉、落語・お七:「飛んで火に入る夏の虫、秋の螢の身を焦すと『小いな』という浄瑠璃の文句にはいってますが」)《い》

どんな(どういう)もんだ、広徳寺の門だどんなもんだ、こうとくじのもんだ):【意味】「どんなもんだ」といばる言葉を「広徳寺の門」にかけたシャレ。「おお、豪気なもんだ」と続く。(講談・左甚五郎:「江戸の洒落言葉に『どういうもんだ広徳寺の門だ、おお豪気なもんだ』とよくいったものです」)

鳶が油揚げを攫われたようなとんびがあぶらあげをさらわれたような):【意味】想定外の事態が起きて、横から大事なものを奪われ、呆然となることのたとえ。(落語・不動坊火焔:「今夜婚礼といふので、鳶が油揚を攫はれたやうな塩梅」)

蜻蛉や飛び直しても元の枝とんぼうやとびなおしてももとのえだ):【意味】人間は心機一転、生まれ変わって出直したつもりになっても、結局元の自分とは大して変われないのだ、というシニカルな意味の川柳。(講談・汐留の蜆売り、相馬大作、落語・疝気の虫:「とんぼうや飛び直しても元の枝……だから、こう、枝へとまっていて、すうッと飛んで、またそこンとこへくる」)

編:松井高志・2004-

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