[ふ]で始まる語句・ことわざ
風前の燈火(ふうぜんのともしび):【意味】物事や人の生命がはかないこと、まさに危ういことをたとえている。(落語・お七)→危ういこと風前の灯
ブウブウをいう(ぶうぶうをいう):【意味】(酔っぱらって)くだをまくこと。落語「てんしき」のサゲに出てくる表現だが、これが理解できないと腑に落ちない。(講談・赤穂四十七士伝、落語・てんしき、粗忽長屋、大山詣り、坊主の遊び)
夫婦喧嘩は犬も食わない(ふうふげんかはいぬもくわない):何でも食う犬でさえ、夫婦ゲンカには近づかない。他人から見れば取るに足らないきっかけで始まることが多いのだからすぐにやめなさい、という教え。(落語・五目講釈、狂歌家主)
夫婦仲の口はめったにきけない(ふうふなかのくちはめったにきけない):【意味】夫婦は激しく喧嘩をしていても、別れる気など毛頭なかったりするから、間に入って真面目に話を聞き、仲裁しようとするのもかえってばかばかしい場合がある。逆にどうということもない風情でいて、実は溝が深まっていることもあるので、他人が無暗に間に入って働くのも考えものである、ということ。(落語・厩火事)
夫婦の固めに雪の降るのは縁が深い(ふうふのかためにゆきのふるのはえんがふかい):【意味】夫婦として初めて迎える夜に雪が降るというのは、二人の縁が深いという証拠だという俗信(「深雪」という)。(落語・真景累ヶ淵)
風流に貴賤の分ちなし(ふうりゅうにきせんのわかちなし):【意味】風流に親しむのに、身分の分け隔てがあるはずはない、という諺。(落語・蜀山人)(参照)→大名も乞食も同じ花見かな
風流は園の呉竹槍の柄に人には乞食之直なもの(ふうりゅうはそののくれたけやりのえにひとにはこじきこれすぐなもの):【意味】風流とは「まっすぐなもの」のことをいう。竹や槍の柄のようなもの、人で言えば乞食のように「くれれば貰う、くれなければ貰わない、貰わなければ食わない」というシンプルそのものな生き方が風流にもっとも近い。(落語・三百餅=狂歌家主)
風流は貧しきにあり梅の花(ふうりゅうはまずしきにありうめのはな):【意味】(参照)→楽しみはまづしきにあり梅の花と同義。(講談・紀伊国屋文左衛門)
笛吹かず太鼓叩かず獅子舞の後足になる胸の安さよ(ふえふかずたいこたたかずししまいのあとあしになるむねのやすさよ):【意味】獅子舞の後足の役のように、表に立たず、地味な脇役に徹するということは責任を負わずに済むので気楽でもある、ということをいう道歌。(講談・大久保彦左衛門、名医と名優、佐倉宗五郎、朝顔日記、落語・髪結新三:語順異同あり)
不学者論に負けず(ふがくしゃろんにまけず):【意味】無学な者、生半可な学問をした者ほど議論になると自説に固執し、ムキになって言い争うものだ、ということ。(講談・清水次郎長)(同義)→(無法腕づくに負けず、)無学者論に負けず
深間にはまる(ふかまにはまる):【意味】元は遊里の言葉。客が遊女に惚れて抜き差しならなくなる。またはその逆。転じて、物事にどっぷりつかって後戻りできなくなること。(講談・汐留の蜆売り、落語・文七元結)
不義の富は浮かべる雲の如し(ふぎのとみはうかべるくものごとし):【意味】正義に悖る手法で築き上げた財産は虚ろで空しいものだということ。(講談・加賀騒動)
不義は御家の御法度(ふぎはおいえのごはっと):【意味】男女の密通・私通は、武家では固い禁制であった。(講談・加賀騒動、重の井子別れ、落語・泣き塩他)
俯仰天地に恥じず(ふぎょうてんちにはじず):【意味】「孟子」より。天の神様や地の人々に対して恥じるところが少しもない、ということ。自分の行いに一点のやましいところもない、ということ。(講談・梁川庄八)
覆水盆に返らず(ふくすいぼんにかえらず):【意味】(参照)→破鏡再び照らさず、落花枝にもどらずと同義。離別した夫婦の仲は元の通りにはならない。一度壊れたものは元に戻らない。(落語・唖の釣、小間物屋政談)
福徳の三年目(ふくとくのさんねんめ):【意味】滅多にない幸運に遭遇すること。(講談・朝顔日記、柳生三代、三家三勇士、落語・素人車)
武士が七十家、公家が三十家、合わせて百姓(ぶしがしちじゅっけ、くげがさんじゅっけ、あわせてひゃくしょう):【意味】「百姓」という言葉の由来を述べたもので、だからお百姓を馬鹿にするとバチが当たる、という意味で使われる。(落語・目黒のさんま)
武士鰹大名小路生鰯茶屋紫に火消錦絵、火事に喧嘩に中っ腹(ぶしかつおだいみょうこうじなまいわしちゃやむらさきにひけしにしきえ、かじにけんかにちゅうっぱら):【意味】江戸名物を歌に詠んだもの。「茶屋」の代わりに「芝居」が入り、「生鰯」でなく「広小路」があるバージョンあり。(落語・山崎屋、鹿政談、鼠穴、手飼の犬、素人洋食=寝床、政談月の鏡)(参照)→儒者太宰相撲雷電武士真田蕎麦に月見に一茶御陀仏、新潟は後家と南瓜と弥彦山、小千谷縮に牛蒡三条、水壬生菜女染め物針扇お寺豆腐に鰻松茸、大仏に鹿の巻筆奈良晒、春日燈籠町の早起き、舟と橋、お城惣嫁に酒蕪、石屋揚屋に問屋植木屋
武士に二言なし(ぶしににごんなし):【意味】侍は信義を重んじるため、一旦口にしたことは決して翻さない(ということになっている)。(講談・安中草三郎、赤穂四十七士伝、明智三羽烏、落語・そばの殿さま、茶わん屋敷、夢金、真景累ヶ淵、松引き)
武士の命は君にあり(ぶしのいのちはきみにあり):【意味】侍の生命は主君に捧げたものであるから、主持つ身ならば勝手気ままな行動は許されない、ということ。(講談・荒木又右衛門)
武士の誓詞は金鉄の如し(ぶしのせいしはきんてつのごとし):【意味】武士に二言はない、一旦誓ったことは必ず守る、前言を翻したりしない、ということ。「武士(さむらい)の一言金鉄の如し」(講談・真柄のお秀)とも。(講談・太閤記、本所五人男、新吉原百人斬り、落語・花見の仇討)
富士の山ほど苦労はするが元は一夜の出来心(ふじのやまほどくろうはするがもとはいちやのできごころ):【意味】女との一夜の過ちが元で深い仲となり、相当の身分や財産をなげうって、わざわざ苦しい暮しをするようになる、という転変のいきさつを表す都々逸。(落語・唐茄子屋)
武士(人間・商人)は相身互い(ぶしはあいみたがい):【意味】侍は侍同士、同じ立場だから互いを思いやって助け合うべきである、という諺。「~相互い」とも。(講談・梁川庄八、赤穂義士本伝、伊賀の水月、堀部弥兵衛、荒木又右衛門、三方目出鯛、男子の一言、左甚五郎、慶安太平記、明智三羽烏、落語・高田の馬場、茶わん屋敷、粗忽の使者、帯久)
武士は轡の音に目を覚ます(ぶし:もののふ・さむらい:はくつわのおとにめをさます):【意味】武芸に心得のある侍というのは、寝ていても表で馬具の轡が鳴る音を聞いただけで目が覚めるものである。(講談・大石内蔵助、柳生三代、寛永御前試合、本所五人男)(参照)→勇士は轡の音で目を覚ます、心ある侍は暗夜に霜の降るのを知る
武士は食わねど高楊子(ぶしはくわねどたかようじ):【意味】武士のプライドの高さをいう。(参照)→食わずとも楊枝つかうや花の下と同義。(講談・明智三羽烏、落語・井戸の茶碗、うそつき弥次郎)《い》
武士は死におくれざるが花(ぶしはしにおくれざるがはな):【意味】武士は死すべき時に死ななければ恥を残す、ということ。(講談・小野寺十内)(参照)→死すべき時に死なざれば却って恥多し、人死する時に死せざれば、死に優る恥あり
武士は名をこそ惜しめ(ぶしはなをこそおしめ):【意味】武士は命を惜しむな、死後の名声を汚さぬことをこそ重んじろ、ということ。(講談・太閤記)(参照)→人は一代、名は末代
婦女は愛する者のために粧い飾り、勇士はこれを愛する者のために命を捨てる(ふじょはあいするもののためにけわいかざり、ゆうしはこれをあいするもののためにいのちをすてる):【意味】男女の愛情の持ち方と表現方法の違いを言い表す言葉。女性は愛する男のために美しく着飾ったり化粧したりするのであるが、男は愛する女のために命を投げうってでも尽くすのである。(講談・猿飛佐助)
武士を千日養うはただ一時の役に立てんがため(ぶしをせんにちやしなうはただいっときのやくにたてんがため):【意味】はっきり言えば武士は生産に従事する者ではない。その武士を主君が禄を与え、抱えておくのは、もし事あった時、主君のために馬前で命をなげうって戦うためなのである。その覚悟のない者は侍ではない、知行泥棒である、という意味。(講談・大久保彦左衛門、岩見重太郎、赤穂四十七士伝、忠僕直助、木村長門守の堪忍袋)
双葉のうちに摘まず(刈らず)んば斧を用いる憂いあり(らん)(ふたばのうちにつまずんばおのをもちいるうれいあり):【意味】(参照)→根を刈って(絶って)葉を枯らすと同じ。ゆくゆく自分にとって邪魔になりそうな者は、早め早めに潰しておくのがいい、ということ。(講談・田宮坊太郎、柳生三代、安中草三郎、落語・乳房榎)
仏者のいわゆる宿世の因縁(えにし)(ぶっしゃのいわゆるすくせのえにし):【意味】僧侶が言う「宿世の因縁」、つまりそうなることが前世からの約束で決定されていた宿命的事項であった、(だからもう腐れ縁だと思ってあきらめなさい)ということ。(講談・鼠小僧次郎吉)
仏法に鉄砲に女房を天下の三法という(ぶっぽうにてっぽうににょうぼうをてんかのさんぽうという):【意味】日本の国はこの三つの「ほう」で治まるのである。(落語・お血脈、芝居と帯)
仏法は釈迦に問え、儒道は孔子に聞け(ぶっぽうはしゃかにとえ、じゅどうはこうしにきけ):【意味】その筋のことならば第一人者に聞け、ということ。武芸自慢の者が、剣術のことならこの俺に聞け、という前にまずこう振る。(講談・宮本武蔵)
懐中がクヤ(ふところがくや):【意味】「クヤ」は「厄」の隠語。よって手元不如意であること。(落語・お茶汲み:「オゝ若い衆さん懐中がクヤなんだが、お前ン所は玉代が幾らだなんて聞くだけ野暮だ」)
布団着て寝たる姿や東山(ふとんきてねたるすがたやひがしやま):【意味】服部嵐雪(一六五四~一七○七・芭蕉の門人)の句。夕暮れに京の街から冬の東山を眺めたときの眺望。(講談・朝顔日記、三家三勇士、落語・京見物)
舟と橋、お城惣嫁に酒蕪、石屋揚屋に問屋植木屋(ふねとはし、おしろそうかにさけかぶら、いしやあげやにとんやうえきや):【意味】大坂名物を歌に詠んだもの。「惣嫁」は江戸で言う夜鷹。「揚屋」は置屋から遊女を呼んで遊ぶ家。「橋に船、お城芝居に米相場、問屋揚屋に石屋植木屋」とも。(落語・鹿政談)(参照)→儒者太宰相撲雷電武者真田蕎麦に月見に一茶御陀仏、新潟は後家と南瓜と弥彦山、小千谷縮に牛蒡三条、水壬生菜女染め物針扇お寺豆腐に鰻松茸、武士鰹大名小路生鰯茶屋紫に火消錦絵、火事に喧嘩に中っ腹、大仏に鹿の巻筆奈良晒、春日燈籠町の早起き
父母(親)在すときは遠く遊ばず、遊ぶに必ず方あり(ふぼいますときはとおくあそばず、あそぶにかならずほうあり)【意味】「論語」より。親が健在であるうちは、いたずらに心配をかけるので、むやみに親元を離れて遙かな他郷に行ってはならない、行くならばしかるべき縁のあるところ(連絡のとれるところ)へ行くべきである、という教え。(講談・清水次郎長、天一坊、岩見重太郎、中山安兵衛、百猫伝、落語・明烏、写真の指傷=写真の仇討)
ぶまな(ぶまな):【意味】「不間な」。間が悪く、へまなこと。しくじること。まぬけ、とんちんかん、物のやり方が拙い。(落語・首ったけ)
冬の月と老女の化粧は物凄い(ふゆのつきとろうじょのけしょうはものすごい):【意味】この「物凄い」は、何ともいえず迫力があって薄気味悪い、寂しいということ。(講談・佐倉宗五郎、加賀騒動)
芙蓉の眦(眉)、丹花の唇(ふようのまなじり、たんかのくちびる):【意味】美人の直喩。芙蓉は蓮の花の漢名、芙蓉峯は富士山のこと。「丹花の唇」は赤い花のような唇、という形容。(講談・水戸黄門、塚原ト伝)
ブラブラ病(ぶらぶらやまい):【意味】重篤ではないが、寝たり起きたり病状がはっきりしないような、かんばしくない体調。恋わずらい、気鬱、神経衰弱。かつては肺病の元とされた。(講談・玉菊燈籠、落語・代脈、搗屋幸兵衛、御神酒徳利、さら屋=崇徳院、真景累ヶ淵、成田小僧)
振りおろす剣の下の深見川踏み込んでこそ浮かぶ瀬もあり(ふりおろすつるぎのしたのふかみがわふみこんでこそうかぶせもあり):【意味】猿飛佐助が師の戸沢白雲斎から受ける教訓の歌(鉄扇に彫った武道の極意)。強い者同士が剣と剣を交える修羅場に於いては、己の身を守ろうという心を捨ててかからなければ、活路が開けないものだという意味。「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という類似した歌が「伊賀の水月」に出てくる。(講談・猿飛佐助)
降りかかる火の粉は払わなければならぬ(ふりかかるひのこははらわねばならぬ):売られた喧嘩を買う場合の常套表現。正当防衛であるからやむをえず応戦するのだ、ということ。(講談・天保六花撰)(参照)→身にかかる火の粉は払わねばならぬ
不離不即、形影これ相伴う(ふりふそく、けいえいこれあいともなう):【意味】「不即不離」ともいう。二つのもの(たとえば主従)が、実体と影のように、つかずはなれず一体となって行動すること。(講談・寺坂吉右衛門)(参照)→影の形に添うごとく
降りみ降らずみ(定めなき)(ふりみふらずみ):【意味】雨が降ったりやんだりすること。(講談・曾我物語情の紋づくし)
古川に水絶えず(ふるかわにみずたえず):【意味】基礎(伝統)がしっかりしたものは、一見下火になったように見えても、命脈をしっかり保っている。名門と言われる家などは、それなりに続いていくものである、ということ。(講談・紀伊国屋文左衛門、太閤記、天保六花撰、落語・花見酒、茶わん屋敷、富久、市助酒)
故郷(我国)をほめほめ江戸の土になり(ふるさとをほめほめえどのつちになり):【意味】江戸に住み、ことあるごとに故郷自慢をしながらもわけあって故郷に帰ることはなく、とうとう江戸で亡くなる上京者の生涯をいう川柳。「ふるさとは遠きにありて」の元ネタかもしれない。(講談・大塩瓢箪屋裁き、夕立勘五郎、祐天吉松)
古びたれども鎧一領、錆びたれども槍一筋(ふるびたれどもよろいいちりょう、さびたれどもやりひとすじ):【意味】「鉢の木」の佐野源左衛門のように、日頃貧乏はしていても武士のたしなみだけは忘れず、いざ鎌倉というときは真っ先に駆けつけて主君の役に立ちたい、という侍の意地をいうときに現れる常套表現。古くさい武具でも先祖伝来の品を身につけて役に立ちたい、というのである。(講談・木村岡右衛門)
古家の造作(ふるやのぞうさく):【意味】古くなった家を増改築しようとすると、修繕しなければならない点が多く見つかるので費用がかさむ。または、手間・費用をかけた割に、修繕の効果がない、人の身体に例えて、「年は取りたくないものだ」などの意味もある。(講談・水戸黄門)
分捕功名は戦場の習い(武士の常)(ぶんどりこうみょうはせんじょうのならい):【意味】戦場で、破った敵の武具などを分捕って自分の物にするということは、侍の世界では昔からよくあることで、恥じるところではない、ということ。「~武士の習ひ」(講談・明智三羽烏)とも。(講談・太閤記)
ふんばり(ふんばり):【意味】安っぽい遊女を蔑んでこのように呼ぶ。(講談・玉菊燈籠)
文武(両道)は車の両輪、鳥の左右の翼(ぶんぶはくるまのりょうりん、とりのさゆうのつばさ):【意味】学問と武芸は、武士にとってたとえば車の両輪、鳥の両翼のようなものであるから、どちらがおろそかになってもよくない。両方に秀でてこそ、立派な侍であるといえるのである、という意味。(講談・安政三組盃、寛政力士伝、岩見重太郎)
編:松井高志・2004-
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