2005/04/29

[み]で始まる語句・ことわざ

磨かぬ先の璞(あらたま)(みがかぬさきのあらたま):【意味】掘り出したばかりで磨いていない玉のこと。どんな名玉でも原石のうちは冴えないが、磨けば光るのと同様、人も幼少時は才能をあらわさない場合がある。(講談・祐天上人)

身から出た錆みからでたさび):【意味】自分の道楽や過失のせいで災いに遭うこと。すなわち自業自得であること。(講談・寛永御前試合、慶安太平記、安中草三郎、落語・唐茄子屋、星野屋、唐茄子屋)《い》

右孕みは女、左孕みは男みぎはらみはおんな、ひだりはらみはおとこ):【意味】胎児の性別を判断する材料として言われた俗説。右孕みは胎児の背が妊婦の右に、左孕みは胎児の背が妊婦の左にある状態をいう。(講談・慶安太平記、落語・長崎の赤飯、角兵衛の婚礼)

操を捨てて操を立てる、破る操がまことの操(みさおをすててみさおをたてる):【意味】女性が本当に思う相手のために、よんどころなく(心ならずも)別の相手になびくが、心までは決して許さない状態をいう。たとえば常磐御前が夫の仇である平清盛の愛妾となったが、ためにその子牛若の助命が成り、その成長後、平家を滅ぼしたというようなこと。(講談・金田屋お蘭、落語・おさん茂兵衛)

身じゃなし、皮じゃなしみじゃなし、かわじゃなし):【意味】落語「らくだ」に出てくる言い回しだが、俺は死んだ奴の「肉親ではない」ということ。(落語・らくだ、化物使い、猫忠)

微塵棒みじんぼう):【意味】駄菓子の一種。(落語・素人占い=きめんさん)

身慎莫が早いみじんまくがはやい):【意味】身支度が早い、自分の身の始末の段取りが良い。「~が附く」(=身の振り方があること。落・お直し)。(落語・山崎屋、おさん茂兵衛)

水変りがするみずがわりがする):【意味】住む土地が変わると水質も変わり、それが元で健康を害したりする、ということ。(落語・中村仲蔵)

水清ければ魚棲まず(、人清ければ交りうすし)(みずきよければうおすまず):【意味】あまりにも清廉潔白で、汚れたものを忌み嫌う人は、たとえ人格が優れていても、かえって人望がない、という例え。(講談・名医と名優、安政三組盃、木村長門守、正直車夫、乃木将軍)

身過ぎ世過ぎみすぎよすぎ):【意味】生計を立て、世渡りをする手段をいう。(講談・大高源五、汐留の蜆売り)

水の垂れるようなみずのたれるような):【意味】「水のしたたるような」。美男・美女の形容。(落語・崇徳院)

水の流れと人の行く末みずのながれとひとのゆくすえ):【意味】人の運命の定めなさを行く川の流れに例えていう表現だが、「年の瀬や水の流れと人の身は明日待たるるその宝船」という討ち入り前日、両国橋での赤穂義士大高源吾・宝井其角とのつけあいで知られる。(講談・本所五人男、落語・鰍沢)

水の低きにつくが如くみずのひくきにつくがごとく):【意味】「孟子」より。きわめて自然な成り行きによって。次項参照のこと。(講談・山中鹿之助)

水の低きに流れるが如き答弁みずのひくきにながれるがごときとうべん):【意味】きわめて自然、理路整然と聞く人の耳に入ってくる鮮やかな回答ぶりであること。(講談・天一坊)

水は三尺流れると清いみずはさんじゃくながれるときよい):【意味】俗信。汚れた水も三尺流れると清浄に戻る(神様が清めてくれるから)、といい、江戸時代の衛生観念がこれで大方想像できる。(落語・肥瓶)

水は方円の器に随い、人は善悪の友によるみずはほうえんのうつわにしたがい、ひとはぜんあくのともによる):【意味】「荀子」より。水は入れる容器によってどのような形にもなる。人は友だちや環境次第でどうにでも染まる。「金剛石も磨かずば……」という昭憲皇太后の歌の元ネタにもなった。(講談・おこよ源三郎、難波戦記、落語・人形買い)(参照)→朱に交われば赤くなる

水壬生菜女染め物針扇お寺豆腐に鰻松茸みずみぶなおんなそめものはりおうぎおてらとうふにうなぎまつたけ):【意味】京都名物を歌に詠み込んだもの。「水壬生菜女羽二重みすや針寺に織屋に人形焼物」とも。(講談・水戸黄門、落・鹿政談)(参照)→儒者太宰相撲雷電武士真田蕎麦に月見に一茶弥陀仏新潟は後家と南瓜と弥彦山、小千谷縮に牛蒡三条大仏に鹿の巻筆奈良晒、春日燈籠町の早起き舟と橋、お城惣嫁に酒蕪、石屋揚屋に問屋植木屋武士鰹大名小路生鰯茶屋紫に火消錦絵、火事に喧嘩に中っ腹

味噌にも醤油にもなるみそにもしょうゆにもなる):【意味】「味噌にも塩にもなる」ともいう。何かにつけて調子よく使われる、という意味の慣用句。「あなたのためなら味噌にも醤油にもなりましょう」(身を惜しまず何でもいたしましょう)というように使う。(講談・安政三組盃)

三度諫めて用いられなければ臣退くみたびいさめてもちいられなければしんしりぞく):【意味】家臣は主君の誤りを三回まで諫める。それでも主君が諌言を聞かなかった場合、もはやそれ以上は諫めずに身を慎むのが臣下として取るべき道である、ということ。(講談・寛永三馬術、湖水乗切り)

三度(七度ともいう)尋ねて人を疑えみたびたずねてひとをうたがえ):【意味】物がなくなったりしたときは、自分の手元を三回(丁寧に)探してから他人が盗ったのではないかと疑うべきである。最初から他人を疑うのは軽率であり、誤りのもとである。仮にも疑惑を他人に向けるならば、裏づけをしっかり取れということ。(講談・越後伝吉)(参照)→七度たずねて人を疑え

三日飼われて恩を忘れないのが犬みっかかわれておんをわすれないのがいぬ):【意味】(参照・同義)→犬は三日飼われれば恩を忘れないを見よ。(落語・猫久)(反対)→飼われて恩を忘れるのが猫

三日でも家に飼っておいたものは猫の子でもかわいいみっかでもいえにかっておいたものはねこのこでもかわいい):【意味】自分の家に置いて世話をしたものは、短期間であっても情が移るのが当然である、ということ。(講談・夕立勘五郎)(同義)→自分のうちにいたものは三日飼った猫でもかわいい

三日でも飼えば情が移るみっかでもかえばじょうがうつる):【意味】前項と同義だが、こっちは犬をたとえ三日でも飼えば情が移ってかわいく思うものだ、ということ。(落語・鴻池の犬)

三日でも旅みっかでもたび):【意味】たとえ短期間でも旅に出るのであれば、それなりに覚悟と準備を怠りなくしなければならない、という戒め。(落語・真景累ヶ淵)

三日でも仕えれば御主みっかでもつかえればごしゅ):【意味】たとえ三日間でも、主従関係があれば主従の縁があったということだから、おろそかにはできない、ということ。(講談・幡随院長兵衛)(類義)→たとえ三日でも養えば主従三世の因みがある

三つ児に教わって(聞いて)浅瀬を渡るみつごにおそわってあさせをわたる):【意味】老練な者でも、たまには未熟な者に教えられるということがある、ということ。若い者を馬鹿にしてはならない、ということ。(講談・清水次郎長、大石内蔵助、堀部弥兵衛、伊賀の水月、矢田五郎右衛門、茶碗屋敷、相馬大作、落語・牛ほめ、阪東お彦=派手彦、乳房榎)(参照)→負うた子に教わって浅瀬を渡る

三つ児の魂百までみつごのたましいひゃくまで):【意味】幼い頃の基本的性格や性癖というのは、年を取っても変わるものではない、ということ。(講談・鼠小僧次郎吉、落語・茶釜の喧嘩)

(み)つれば虧(か)くる満つれば欠くるみつればかくる):【意味】「月満れば則ち虧く」ともいう。「史記」より。月が満月になれば欠けていくように、何事によらず、盛りに到達すると、やがて衰え始めるものだ、ということ。(講談・梁川庄八、寺坂吉右衛門、安中草三郎、薮原検校、落語・福禄寿、小言幸兵衛、お化け長屋、富久、狂歌合せ、乳房榎)

緑の林に世を渡る夜働きみどりのはやしによをわたるよばたらき):【意味】泥棒(夜盗)をして暮らすこと。(講談・汐留の蜆売り)

港口で船を破るみなとぐちでふねをわる):【意味】最後の詰めを誤って計画が失敗すること。(落語・百年目)(同義)→九十九事成って百事に満たず九侭の功を一簣に欠く川口で船破る

身にかかる火の粉は払わねばならぬみにかかるひのこははらわねばならぬ):【意味】(同義)→降りかかる火の粉は払わなければならぬを見よ。(講談・幡随院長兵衛、笹野名槍伝、岩見重太郎)

見ぬこと(もの)清しみぬこときよし):【意味】実情や裏面を知らない者にはなんでも美しく楽しく見えてしまうものだ、実は汚い物でも、それを黙っていれば相手には分からないということ。(講談・清水次郎長、落語・肥瓶、しめこみ、鍋草履)

実のなる木は花から知れるみのなるきははなからしれる):【意味】実のよくなる木というのは、花のうちからそれと知れるものだ、ということ。偉くなる人は子供のうちからどこか普通の子とは違っている。(落語・雛鍔、塩原多助一代記)(参照)→栴檀は双葉より芳し、蛇は寸にして人を呑む(その気を顕す)

るほど頭を垂れる(つむりを下げる、の下がる)稲穂かなみのるほどこうべをたれるいなほかな):【意味】稲の穂が、実れば実るほどその重みで先端が下がることから、学問や徳を積んで人間が出来れば出来るほど、人は謙虚になって他人に対して謙虚に振る舞うものである、威張る者には徳が足りないのだ、ということ。(講談・水戸黄門、正直車夫、相馬大作)(同義)→育つほど土に手をつく柳かな

身は茲に心は信濃の善光寺導き給へ弥陀の浄土へみはここにこころはしなののぜんこうじみちびきたまえみだのじょうどへ):【意味】ストレートな仏教系道歌である。(落語・思案の外幇間の当込み=つるつる)

ミミズも蛙もご免みみずもかえるもごめん):【意味】上方で子供が小便をするときのかけ声(ちんちんが腫れないまじない)。(落語・不動坊)

耳っこすりをするみみっこすりをする):【意味】「耳打ちをする」。当てこすりをする、ささやく、陰口を言う、告げ口をする、などの意。(落語・竈幽霊)

都では未だ味知らぬ初茄子みやこではまだあじしらぬはつなすび):【意味】「牛ほめ」に出てくる句だが、速記によって向井去来(一六五一~一七○四)の句であるとするバージョンと、宝井其角の句であるとするバージョンがある。事実はどうであれ、ここでは双方を併記しておく。(落語・牛褒め)(参照)→売る人もまだ味知らぬ初茄子

深山路は人もなければいたずらに月日ばかりを送る狼みやまじはひともなければいたずらにつきひばかりをおくるおおかみ):【意味】人跡もない深山幽谷に住む狼は襲う相手もなくさぞ生き甲斐もなかろう、という意味の狂歌。蜀山人の作という。(落語・雪てん)

見るは一時話は末代みるはいっときはなしはまつだい):【意味】見せ物の呼び込みの口上に出てくる文句。ちょっと時間を割いて見物するだけで、一生の語りぐさにできるような代物をお目にかけます、ということ。(講談・梁川庄八、岩見重太郎)

見るは法楽見らるるは因果、かわいそうなはこの子でござい(みるはほうらくみらるるはいんが):【意味】見せ物小屋の呼び込みの文句。見る方はお楽しみ、見られる方は身の因果(不幸)ということ。好奇心をあおる。(講談・山内一豊出世の馬揃い、本所五人男:前句のみ、寛永三馬術、落・一眼国、雪の瀬川=夢の瀬川)

見ればただ何の苦もなき水鳥の足に暇なき我が思いかなみればただなんのくもなきみずどりのあしにひまなきわがおもいかな):【意味】水戸光圀が作った歌として知られる。人は自分を優雅で気楽な身分であると思っているであろうが、実は人の知らないところで心を砕いたり、いろいろと努力をしたりしていて、それが表に現れないだけのことなのである、ということ。天才と言われるような人物が、実は人知れず努力を重ねている、という意味でも引用される。(講談・水戸黄門)(参照)→ただ見れば何の苦もなき水鳥の足に暇なき我が思いかな

身を殺して仁をなすみをころしてじんをなす):【意味】「論語」より。自分の身を犠牲にしても、人のために尽くし、仁を全うするという尊い行いをいう。(講談・安政三組盃、伊達誠忠録、越後伝吉)

(切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ・山川の流れに木の葉沈むとも・山川の末に流るる橡がらも)身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(り)(きりむすぶたちのしたこそじごくなれみをすててこそうかぶせもあれ):【意味】真剣での勝負はさながら地獄のようなものであって、なまじ生き延びようという下心があっては勝てない。死を覚悟し、我が身を捨てる覚悟になれば活路は開ける、という教訓を含んだ歌。「山川の末に~」は空也上人による。荒木又右衛門が本多大内記正勝に伝授する剣の極意である。(講談・伊賀の水月、朝顔日記、柳生三代、幡随院長兵衛、岩見重太郎、安中草三郎、落語・たがや、うそつき弥次郎)

編:松井高志・2004-

トップへ

続きを読む "[み]で始まる語句・ことわざ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)