[わ]で始まる語句・ことわざ
若鮎やつらぬ柳にはねてゆき(わかあゆやつらぬやなぎにはねてゆき):【意味】才気ある美しい女性が、金と力に任せてしつこく言い寄る男よりも、自分の容姿などには全く関心を寄せない風情の若者の方にかえって惹かれる様子を例えた句。恋愛が周囲の予期しない展開をみせること。(講談・小野寺十内)
若いときに苦労すると大人になって楽ができる(わかいときにくろうするとおとなになってらくができる):【意味】鼠小僧次郎吉が、かつて旅先で自分のした親切がかえって仇となり、姉と母が病床にふせったため、やむなく雪の夜、しじみ売りをしなければならない少年に向かって言うセリフ。「大きくなってから自分の体に箔がつくんだ」と続く。(講談・鼠小僧次郎吉)
若い時は二度ない(わかいときはにどない):【意味】若い時期は一度過ぎると二度と戻ってこないから、老後に備えて一生懸命働いて備えておくべきだ、という教訓。(講談・寺井玄渓、落語・小間物屋政談)《い》
我が影の我を追いけり冬の月(わがかげのわれをおいけりふゆのつき):【意味】どこかしら心に後ろ暗い点のある人は、冬の夜に歩いていても、自分の影が自分を追いかけているような錯覚に陥るものである、という意味の川柳。(講談・後藤半四郎)
我が皮を切らせて彼等の肉を切り、我の肉を切らせて彼等の骨を断ち、我が骨を断たせて彼等の命を取る(わがかわをきらせてかれらのにくをきり、われのにくをきらせてかれらのほねをたち、わがほねをたたせてかれらのいのちをとる):【意味】略して、「肉を斬らせて骨を断つ」などとよく言う。自分の側にある程度の損害が生じるのは覚悟の上で、すなわち捨て身で相手の急所をつき、息の根を止めるという戦法のこと。(講談・寛永三馬術)
若き男の色好まざるは、玉の盃底なきに似たり(わかきおとこのいろこのまざるは、たまのさかずきそこなきににたり):【意味】(参照)→色好まざる男の子は玉の盃底なきが如しと同じ。(講談・横川勘平)
若き時(戒むるは色にあり)血気将に壮なりこれを慎むこと色にあり(わかきときけっきまさにさかんなりこれをつつしむこといろにあり):【意味】(参照)→人生若いとき戒むべきは色にありと同じ。(講談・水戸黄門、笹野名槍伝、傑僧坦山、落語・怪談市川堤)
我が田へ水を引く(わがたへみずをひく):【意味】自分の利益ばかりを優先して物事を考え行うこと。自分勝手な言行のたとえ。(講談・赤穂四十七士伝)
我が身(を)つねって人の痛さを知れ(わがみつねってひとのいたさをしれ):【意味】なんでも自分の身に起こったことであると想像して、他人の痛みを思いやることが大切である、という金言。(講談・梁川庄八、安政三組盃、落語・唐茄子屋、お七、左甚五郎)
吾が雪(物)と思えば軽し笠の上(わがゆきとおもえばかろしかさのうえ):【意味】俳人・宝井其角が赤穂義士討ち入りの際、吉良邸の隣家である旗本・土屋主税邸に宿泊しており、前日両国橋で邂逅した旧友の義士・大高源五とはからずもまた玄関脇で顔を合わせ、はなむけに送る句。源五は「日の恩や忽ち砕く厚氷」と返す。「月雪の中や命の捨てどころ」と其角は作り、これを聞いた源五は別れを告げて雪を蹴立て、吉良邸へ走り去る。意味は「自分の物と思えば重荷も苦にならないものだ」ということ。(講談・大高源五、塚原ト伝)
分け登る麓の道は多けれど同じ高嶺の月を見るかな(わけのぼるふもとのみちはおおけれどおなじたかねのつきをみるかな):【意味】宗教(仏教)にはさまざまな宗派があり、その説くところもまちまちであるが、つまるところめざす真理(悟り)は結局同一であるから、宗派間の抗争は意味がないのだ、ということをいう道歌。(講談・雲居禅師)(参照)→どの道を往くも一つの花野哉
技のできる人に限って怠けたがる(わざのできるひとにかぎってなまけたがる):【意味】(参照)→いい職人はおいそれと仕事をしない、とかく仕事の良い奴は怠ける、名人上手は仕事を嫌がるに同じ。(講談・肉附の面)
禍は下から(わざわいはしもから):【意味】「災いは下から起こる」の略。災難というのは、大抵口さがない身分の低い者の言葉がきっかけになって始まる、という格言。(講談・猿飛佐助、落・三軒長屋、真景累ヶ淵)
わざわいも三年経てば用をなす(役に立つ)(わざわいもさんねんたてばようをなす):【意味】当座は災難だと思うようなことも、時間が経てば幸せのきっかけになるものである、という意味の格言。(講談・寛永三馬術、加賀騒動、落語・笠碁、樟脳玉、二十四孝)(参照)→毒薬変じて薬となる
災いを転じて福となす(わざわいをてんじてふくとなす):【意味】「戦国策」より。突然襲いかかった災難を逆に利用して、かえって自分の利益とするような冷静で機知に富んだ姿勢をいう。(講談・天下の糸平)
わしが国さで見せたいものは昔ゃ谷風今伊達模様(わしがくにさでみせたいものはむかしゃたにかぜいまだてもよう):【意味】仙台の俚謡の歌詞。谷風は第四代横綱・谷風梶之助。品格力量とも抜群、寛政年間を代表する名力士。彼が仙台出身であったことから、名物の伊達模様(江戸初期に流行した大形の派手な模様)に並べてお国自慢としている。(講談・谷風情け相撲、小田原仇討ち相撲~寛政力士伝、阿武松緑之助、落語・阿武松)
轍の魚が水を得た心地して(わだちのうおがみずをえたここちして):【意味】「轍鮒の急」(「荘子」より。轍の水たまりにいる鮒のように命が危うい状態)からとりあえず救われること。絶体絶命の危機から一息つくこと。(講談・太閤記)
(時にとって)渡りに舟(わたりにふね):【意味】「渡りに舟を得る」の略。困っていたところへ都合良く救いの手がさしのべられ、喜ぶことを例えた言葉。(講談・近松勘六、両越大評定、三方目出鯛、寛永御前試合、妲妃のお百、本所五人男)
渡る世間に鬼はない(わたるせけんにおにはない):【意味】世間の見ず知らずの人はみな恐ろしく感じるが、思ったほど悪い人ばかりではなく、大抵困った人には親切にしてくれるものだ、という教え。(講談・忠僕直助、仏の作蔵、朝顔日記、岩見重太郎、越後伝吉、矢頭右衛門七、慶安太平記、落語・京見物、三味線栗毛、唐茄子屋、月宮殿)(参照)→世間に人鬼はいない(反対)→道中で人を見たら盗賊と思え、火を見たら火事と思え、人を見たら泥棒と思え、火を見たら火事と思え
笑う門には福来る(わらうかどにはふくきたる):【意味】笑いの絶えない家には、招かなくとも自然と幸運がやってくるものだということわざ。(落語・子別れ、全快=死神、本膳、悔みの妙薬=胡椒の悔み、隅田の花見=長屋の花見、猿丸太夫)《い》
笑う口には食えぬが泣く口には食える(わらうくちにはくえぬがなくくちにはくえる):【意味】嬉しいことがあれば飯を食うのも忘れるかも知れないが、不幸があっても因果なことに腹は減るものである。また、ひどく悲しい時にこそしっかり腹ごしらえをしなければならない、ということ。(講談・田宮坊太郎)
藁打ちゃ手を打つ(わらうちゃてをうつ):【意味】やることなすことうまくいかない、という状態の例え。(落語・帯久、怪談市川堤)(同義)→貧すれば鈍する、弱り目にたたり目、泣きっ面に蜂
藁人形も衣装から(わらにんぎょうもいしょうから):【意味】(参照・同義)→「馬子にも衣裳髪容」に同じ。「猿人形にも衣裳」ともいう。(落語・代脈)
藁の上から三貫(わらのうえからさんがん):【意味】(参照)→「産の入り用は藁の上から三貫」「薦の上から三貫」に同じ。(落語・位牌屋)
藁の上からの許嫁(わらのうえからのいいなずけ):【意味】「藁の上から」は生まれた時から、という意味で他にも使う言い回し。この場合は生まれながらに親同士が決めた縁組であること。(講談・清水次郎長)
藁をもつかむ思い(わらをもつかむおもい):【意味】困り果てて、どんなにしょぼい相手にでもすがりつきたいという心細い気持ち。(参照)→溺れる者は藁をもつかむを見よ。(講談・名医と名優)
破れ鍋にとじ蓋(われなべにとじぶた):【意味】まずい女(男)にもそれ相応の相手という者が必ずおり、夫婦となって仲良く暮らしてゆくことができるものだ、ということ。「~に閉め蓋」という用例(安中草三郎)あり。(講談・安中草三郎、落語・薬違い、付き馬)《い》
我に問い、己に答える(われにとい、おのれにこたえる):【意味】心中で独白すること。(講談・汐留の蜆売り)
編:松井高志・2004-
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


